Secret garden(2/5)

「――やっと見つけた」
聞き覚えのある声が耳を刺激した。
振り返ったサッチの目の前にはかつての少年の姿。
 「えっと……久しぶり」
躊躇いがちに述べて青い瞳を持つ顔がはにかむ。
「あ、待ってくれよい!」
再び会ったマルコを前に、サッチは以前と同じように背を向けようとした。けれどその前にマルコがその腕を掴んで阻む。
「どこに行くんだい? 俺も連れてってくれよい」
「……なんでここにいる」
「ここにいたらまた会えると思って」
サッチの言いたい言葉の意味とマルコが受け取った言葉の意味には少し差がある。
それは何も知らぬ余所者とここでしか暮らせない者の溝でもあった。
笑うマルコを前にサッチは冷たく言葉を放った。
「消えろ。ここはお前なんかが来るようなところじゃない」
「え……?」
「ここには二度と来んな」
そう言ってサッチはマルコに掴まれた腕を振り払おうとしたがそれは叶わなかった。
「おい、離せよ!」
見た目にはひ弱そうなその腕は意外にもサッチをがっちりと捕え、暴れてみても尚その手を離さない。
「離せって言ってんだろ!」
そうサッチが睨めば、怯むと思った相手は意外にも鋭く睨み返してきた。
その鋭さにサッチも思わずたじろぐ。
「理由もなく離せるかい」
――それなら理由もなく掴むな、と言いたい。
けれどサッチはその言葉を呑み込んだ。
大人しいと思っていた少年が見せたその表情に気を押されてしまったのかもしれない。
「――ここはお前らみたいな常人が来るような場所じゃないんだよ」
掴まれている手に込めていた力を抜き、そう言葉を吐く。
 「常人? 一般人ってことかい? ここは何か特別な施設なのかい?」
当たらずとも遠からずと言うところだろう。
確かにここは特別な場所だ。
恐らくは少年の考えているのとは違う意味で――。
「違う。確かにここは特別かもしんねぇけど、常人っていうのは普通の人間ってことだ」
「普通の人間……?」
小さな顔がその首を傾ける。
「ここにいるのは忌み嫌われもんばっかだぜ。……俺は化けもんだ」
「化け物?」
サッチの言葉を受けてマルコは不思議そうに繰り返した。
「ああ、だからとっとと消えろよ。お前なんかが来るようなとこじゃねぇんだよ」
そして再びその腕に力を込めた。握られた腕はまだ剥がれない。
「お前さんのどこが化け物なんだよい?」
サッチが追い払おうとしてもマルコは余計に食い下がる。
「どう見たって俺と同じガキにしか見えねぇよい」
青い瞳が近づき、サッチの顔をまじまじと見つめる。
触れそうなほどに近寄ったその青い瞳はどこか懐かしい。
はっきりと思い出すことは無くても、それはサッチの故郷の海の色と同じだった。
「うるせぇな! いいから出て行けよ!」
サッチが腕を振り上げるとそれはマルコの胸部に当たった。
不意の行為に地面へと倒れこんだマルコを見て、サッチも流石に不味いという表情を浮かべた。
倒れた体に手を差し伸べる。
けれど気づかれる前にサッチはその手を後ろへと収めた。
行き場を失くした手の平を相手に悟られないようにぎゅっと握り締める。
「――もう来るな」
そう吐き捨てて今度こそ背を向けてサッチはその場から立ち去った。
背中に刺さる痛いほどの視線を感じながら――。



「――消えろって言ったよな?」
目の前の光景にサッチは眉を顰めた。
太陽の光を浴びてその顔を空高く向ける花々。辺りには豊満な香りが立ち込める。
目を刺激するほどの色鮮やかな庭園に、昨日と同じくその人物は立っていた。
花たちに注がれる光を同じように受けて、輝く金髪。
庭園を抜ける風に吹かれてその金髪も宙を泳いだ。
「待ってたよい」
昨日顔を合わせた時と変わらない笑顔を向ける。
この少年は一体どういうつもりなのだろうか。こちらが迷惑しているということをいい加減受け止めて欲しい。
笑うマルコに対し、不機嫌を露わにサッチはもう一度口を開いた。
「聞こえなかったのか? 消えろよ」
ぶっきらぼうに言葉を放つも目の前の相手はやはり怯みもしない。
「理由も知らず、中途半端なまま後に引けるかい」
昨日と同じ真剣な声色。
青く澄んだ目はただ真摯にサッチを見ている。
その表情と言葉にサッチも思わず口を噤んでしまった。
鳥たちの微かな囁きを残し、沈黙が続く。
「――何で教えてくれないんだよい」
苛立ちを感じる声色だった。
声に反応した目が捉えたのは相手の顔に浮かぶ何とも言えない哀しみだった。
「そんなに俺が気に入らないのかい?」
問われたサッチは一瞬答えを迷わせる。
マルコがここにいることは確かに迷惑だ。
ここは一般の者が立ち入って良い場所じゃない。
「俺じゃあ頼りにならないのかい?」
これまたおかしなことを、と思う。
何故ならばサッチがマルコを頼りにする理由がない。
マルコはほんの数日前この島に訪れた、言わば余所者であるのだから。
「なんで俺がお前を頼りにしなきゃならないんだよ」
「でも何かに悩んでいるんだろい?」
「お前がここにいることが俺の悩みだ」
押し問答だ。
また同じような流れに戻っている。
「でも俺はお前さんと仲良くなりたいよい。年も近いし、それに……お前さんは可愛いよい」
一瞬、耳を疑った。
「はぁ?」
思わず問い返した。
気は確かかと目の前の顔をまじまじと見つめる。
 「何か変なこと言ったかい?」
変も何もよりによって可愛いは無いだろう。
曲りにもなりも自分は男であって、いくら小さいからと言っても相手だって同じような年頃だ。
それに、自分なんかよりも目の前の相手の方がよっぽど可愛く見える。
薄く色づく白い肌は触れればきっと柔らかいに違いないし、風にそよぐ金髪は光を受けて透き通り、今も輝いている。
何よりその深く青い瞳はずっと眺めていたいくらい美しい。
そんな相手に対し、自分は短く切られたごくありふれた茶髪で、左目の端には大きな傷がある。
これはサッチが今よりもずっと幼い時に負った傷跡であり、もうこれ以上は治らない。
すでに昔のことであるからサッチも諦めたが盛り上がった縫い目は心の底でずっと気にしていた。
「こんな顔のどこがいいんだよ」
無意識にそっと指先が傷跡をなぞる。
「この傷を気にしているのかい? 馬鹿だねい。こんなものお前さんの障害にはならないよい」
「お前に何がわかるんだよ!」
傷に触れようとしたマルコの手を払ってサッチは声を荒らげたがマルコは平然と言った。
「わからねぇよい。俺にはお前さんの心はわからねぇ。でも俺にとっちゃそんな傷どうでもいいことなんだよい」
そう言ってサッチの傷跡に触れる。
その指先は至極優しくて、見つめてくる目もとても穏やかなものだったからサッチも口を噤んでしまう。
扱いにくい相手だと思った。
「折角出会えたんだ。俺はお前さんと友達になりたいよい」
傷跡に触れていた手が落ちて、その下にあるサッチの手を握り締めた。
柔らかそうだと感じていた手は思いの外、少し硬さも帯びていて肉刺のような感触もあった。
もしかすると案外この少年も苦労のある暮らしをしているのではないかとサッチは思った。
それでも打ち解ける訳にはいかない。
「……ここの病院の名前を知っているか?」
「え?」
予想外の問いにマルコは首を傾けた。
けれどそれを聞いたサッチの目は真剣でマルコはうろ覚えながらの答えを返した。
「――ヘンルーダ。確か〈聖ヘンルーダ病院〉、だったよねい?」

上陸する前に既にその名はマルコも知っていた。
あそこは特殊な場所であるから近づいてはならないと白ひげから忠告されていて、迷い込まなければマルコだってここに訪れはしなかっただろう。
だが、それも運命だったのかもしれない。
サッチと出会った後に自分が訪れた場所がそこだと気づいたマルコは初めこのことを隠し、二度と訪れないつもりだった。
けれどどうしても出会った少年の姿が焼き付いて離れなかった。その夜に夢を見た。
言葉も視線すらも交わさなかった少年とマルコは夢の中で向き合っていた。
とても寂しげな淡い写し絵のような姿――。
何故そんな夢を見たのかわからなかったが自分がその少年のことが気になって仕方がないことはわかっていた。
どうして自分を無視したのか、何故あんな綺麗な場所で何かを抱えたようなあんな目をしていたのか。
気になって再び訪れた先には同じように少年がいた。
だが、やっと言葉が交わせたと思った少年は予想以上に口が荒かった。
自身を〈化け物〉と罵り、マルコのことを徹底的に拒絶する相手の名前すらマルコはまだ知らない。
――もっとこの少年のことを知りたいのに。
初めて出会った時、サッチは咲き誇る花に埋もれるようにしてその場にいた。
紛れ込んだマルコは心地よい風に吹かれながらその場所に近づいていたが突如突風が吹いた。
いや、吹くというよりは引き込まれるような風――。
その風を受けて周囲の花も堪らず花弁を散らしていた。
視界を覆う花弁たち。
再びその身が地面へと落ち、開けたマルコの視界に飛び込んできたのが他でもないサッチだ。
手に花を握る相手の後ろ姿にマルコは迷わず声を掛けた。
そして、急な声掛けに驚いたのか肩をビクつかせてこちらを向いたその目は目を見張るほど美しかった。
それは咲き誇る色とりどりの花と共にある緑よりもずっと綺麗に輝いていて、マルコは以前見た石を思い出した。
この瞳は〈翠玉〉と呼ばれるその石によく似ていた。
いや、石の方がこの瞳に似ているのかもしれない。
印象的な出会いも原因にあったのだろう。
その顔を一目見てマルコはサッチを気に入ってしまったのだ。

「その名前の意味がわかるか?」
マルコの答えを受けて、サッチがさらに質問を重ねる。意味のわからないマルコは素直に首を振った。
「いいや、わからないよい」
サッチがその意味を問う理由もわからない。解答を待つようにただその顔をじっと見つめた。
「悪魔除けだよ」
見つめるその顔が言葉を口にした。
サッチの放った言葉にマルコは一瞬ポカンとした。
余りにも聞き慣れない言葉だったからだ。
「……どういう意味だい?」
マルコは慎重に問い返したがサッチはそんなマルコにもう一度変わらない口調で繰り返した。
「だから悪魔除けなんだよ、この名前は。悪魔に効くって言われている植物の名前をこの建物に付けたのさ」
真面目に告げられて、なんと言っていいのかわからない複雑な表情をマルコは浮かべた。
世の中は広い。
掛け離れた島々は距離に関係なく独自の文化を築き、風習を持つ。
その中には時として信じられないような考えを持つ人種もいて、言葉すらまともに交わせないこともある。
マルコもそういう場所には足を踏み入れたことこそ無いが、そういうところがあることは知っていた。
だが、この島は一見して普通の島である。
マルコの知る中でも極々ありふれた平凡な島。街中には笑い合う人々がいて、どこにもおかしなところはない。
それなのに悪魔とはどういうことなのだろうか。
「馬鹿馬鹿しいだろう? だけど本気なんだよ」
困惑するマルコにサッチは笑って言った。 
「ここには精神がおかしくなったやつらが集められるんだ。それこそ幻覚を見たり、何か強い観念に囚われたような奴らが」
「だけどそれは――」
そんな風に精神がおかしくい者がいるという事実はマルコだって知っている。
けれどそれは決して悪魔のせいなどではなく、その人物の心持ち次第、そして周りの環境である。
「だから馬鹿なんだよ。ああいう風に人がおかしくなるのは何かが取り憑いているから、どうにかしようと思ってもどうにもならない。――連中はそう思ってるのさ」
加えて言えば、建物に描かれている金の紋様は悪魔除けの呪文であるらしい。――本当に馬鹿馬鹿しい。
連中とは誰のことを指しているのだろうか。ここにいる人たちを管理している者たちだろうか。
いや、それだけなんてことはない。
ここの存在を街のみんなは知っている。つまりは全員がそう思っているということなのだろうか。
船を世話してくれている気のいい港の人々、昨日泊まった宿屋の優しげな主人、先ほど街中で声を掛け合った若い女の人――。
あれら全員がここにいる者たちは皆悪魔に取り憑かれていると本当に信じているのだろうか。
それを信じて、悪魔を祓う効果があるという植物の名を与えた建物に彼らを押し込んでいるのだろうか。
ゾッとする思いがマルコの胸に走った。
「そんな引きつった顔するなよ」
「だけどよい……!」
「今の全部嘘だから」
 「はぁ!?」
続くサッチの言葉にマルコは目を剥いた。
「何? 本当に信じたのか、今の話。今の時代にそれはねぇよ」
ケラケラと笑い出すサッチにマルコは流石に怒りを感じた。
「からかったのかよい……?」
見ればその拳はフルフルと震えている。
自身に初めて怒りを感じているマルコに、サッチはふっと笑うのを止めた。
「でも名前の由来は本当だぜ。まぁ、本気で俺らが悪魔に取り憑かれているなんて誰も思っちゃいないだろうけど。名前もただの気休めなんだろうな」
もはやなんと返していいのかわからない。
「とにかく悪魔の有無関係無しにここは世間で言う厄介者を収容する場所なんだよ。一つの箱に押し込んで自分たちとそぐわないものを押し隠しているのさ。ついでに言えば、お前が綺麗だと思ってる花、それも俺らの存在を霞ませるためだけにあるんだぜ? 汚いものを紛らわすために綺麗なもので覆っているんだよ」
相変わらず淡々と述べる。
サッチの言葉を聞いた途端、マルコの目に今まで美しく咲き誇って見えた花々が一気に色褪せて見える。
「……それを知っている上でここにいるのかよい」
「だって出られねぇだろ」
当然だと返す。
「ここから出ることは出来ない」
「そんなのわからねぇじゃねぇか……!」
思わずマルコは声を荒らげたがそんなマルコをサッチは気の毒そうに見た。
「それ本気で言ってるのか?」
サッチの問いにマルコはグッと詰まる。
確かに安直な言葉だった。
ここは仮りにも病院だ。その患者であるというサッチが自分の意思だけで簡単に出られるとは思えない。
「……誰がサッチをここに入れたんだよい」
その人物と話せば、もしかしたらここから出られる可能性があるかもしれない。
「あー……それは親だな。父親と母親。でも無駄だぜ。あの人らは俺を捨てたから」
「捨てた?」
「そう。言ったろう? 世間で言う厄介者を収容する場所だって。入れられたが最後、出られる奴なんていねぇさ」
「でもだったらお前さんはなんで入れられてるんだよい!」
目の前の少年が精神異常者だとはマルコにはとても思えなかった。
「俺は出ちゃいけねぇんだよ」
「だからどうして……!」
「ここにいるのは悪魔だって言われている精神に異常があるただの人間。でも俺は本物ってことさ――」
雰囲気が変わった。
少しは打ち解けたかもしれないと思っていた相手が急にその空気を消して一気に冷めた表情を露わにした。
「俺はな、本物の悪魔なんだ。悪魔に取り付かれて、俺自身まで悪魔になっちまった」
「……何言ってるんだい?」
サッチの言葉にマルコは困惑し通しだ。
「どう見たって普通だよい! 一体どこがおかしいって言うんだい! 悪魔なんていないって言ってたろい?」
「いるんだよ、ここに」
冷め切った声がマルコを突き放す。
要領を得ない物言いとその態度にマルコも詰め寄った。
「なら自分が悪魔だって言う証拠でもあるのかよい……!」
半ば自棄にも近かった。
そんなマルコにサッチが笑った。
それは馬鹿にするような笑みでも、ましてや明るく朗らかなものでもなかった。
どこか胸騒ぎがするような冷たく暗い微笑――。
「知りたいのか?」
試すようにその唇が問いた。
――ああ、知りたい。
ただ一言そう言って、首を縦に振ればいいだけなのに何故かマルコは躊躇った。
サッチの漂わせる雰囲気はあれ程相手のことを知りたいと思っていたマルコの想いを揺らがせる威力があった。
「……知りたいよい」
それでもマルコは頷いた。
心に警鐘は鳴れどもやはり目の前の相手から意識を離せない。
例え知った結果がどうであろうとも何も知らないでいるよりはいいと思った。
「――じゃあ、見せてやるよ」
言葉と共に影が落ちた
太陽は空にある。庭園に咲き誇る花々は相変わらず空へと顔を向けているし、はるか遠くに見える水面はその光を受けて輝きを見せていた。
けれどここだけは暗い。
降り注ぐ光を覆い隠すようにマルコたちの周りだけは黒々とした霧のような物がいつの間にか当たりを満たしていた。
「なんだよい、これ……!」
体の周りを浮遊する闇にマルコが声を上げた。
「言ったろう、悪魔だって」
響いた声にマルコがサッチの方を見やり、目を見開く。
黒々とした物の正体は全くもってわからなかったがそれは紛れも無く目の前の相手から吹き出している。周りの色さえ取り込んで、闇は黒々と辺りを満たして行っていた。
「……恐ろしいか?」
サッチの問いにマルコは咄嗟に反応出来なかった。
それを肯定と取ったのだろうサッチは笑って言った。
「面白いもん見せてやるよ」
そうしていきなり足元にあった花を引き千切った。
「何を……!」
マルコの目の前でサッチは根元から切った花をその手の平に掲げてみせる。どう見てもそれはただの花だ。
何事かと見守るマルコの前でその花たちが吸い込まれるように漂う闇の中に消えた。
「えっ……」
驚くマルコをサッチは無表情で見つめる。
そして一度は下ろしたはずの手をもう一度掲げた。
――途端、花が散った。
何も無かったはずの場所から再び現れた花弁や葉、茎などがバラバラになり地面へと降り注いだのだ。
「これは……!」
マルコがコクリと息を呑む。
この光景は見たことがあった。それは他でもない、サッチとマルコが初めて出会った時――。
無残にもバラバラになった花を自分はあの時も見つめていた。
「……あの日の花もこうやって?」
間を開けてマルコは目の前の相手に問いた。
「ああ。てっきり見られたかと思ったんだけどな」
なるほど。出会った時、その肩を揺らしたのはただ声に驚いただけではなかったようだ。
「……」
「気持ち悪いだろう?」
自身の闇を弄ぶように手を広げながらサッチはマルコに向き直る。その顔は同意も何も求めていない。ただ有り体に言葉を口にしているだけだ。
「俺は化けもんだ。その花のようにお前のことだってメチャメチャに出来る――」
サッチがマルコの方へ歩み寄って手を触れようとした。
そしてマルコは思わずその手を払ってしまった。
「……もう来るんじゃねぇぞ」
手を振り払ってしまったマルコが後悔しても遅かった。
サッチの体が自ら離れて行く。
「あっ――」
言葉を掛けようにもその言葉が出てこない。
またしてもサッチはマルコに背を向けた。
思わずその背を追おうとして、走り掛けたマルコの足がピタリと止まる。
拒絶したこの手ではあの背は掴めない――。
あんなものを見て欠片も恐怖を抱かないのは無理だ。
けれど決してマルコはサッチのことが嫌いになったわけじゃなかった。そんなことは決してない。
けれどその手を振り払った事実は変わらない。
再び明るさを取り戻した庭園の片隅でマルコはしばらくの間一人呆然と立ち尽くした。

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