幸せの青い羽

「サッチ、暇なら町に降りて買い物にでも行かねぇかい」
「ああ、悪い。今忙しいんだ。また誘ってくれよ」
申し訳なさそうに言いながらも、手を振るだけでこちらを見ようともしない。
仕方がないと、欲しい物があるか尋ねてその場を後にした。
いつもならば島に着けば仕事なんぞ後回しにして楽しもうとするはずなのに、今日は切羽詰まったように朝から机に齧りついていた。
いや、机の上には食べかけのまま放置されたサンドイッチや湯気の消えたコーヒーカップが見えたから、もしかしたら徹夜でもしていたのかもしれない。
まったくらしくないことだ。
最近のサッチはどうにもおかしい。
何がおかしいかって、とても真面目なのだ。
一人船を降りて賑やかな商店街へとマルコは足を運んだ。
白ひげの統治下であるこの島では胸の印を晒しても慄く者はだれもいない。
気候も年中穏やかで過ごしやすいこの島で、船の中に籠るなど実にもったいないことだ。
商店街をゆっくりと歩きながら目的の物を探す。
サッチに頼まれた食材を探しているのだ。
【ブルーウイングベリー】
この島特有の食べ物で皮は青く、鳥の羽のような形をした果実だ。
果肉はゼリーのように柔らかく、はちみつレモンのように甘酸っぱい風味は女、子供に人気がある。
マルコもこの果物は何度か口にしており、気に入っていた。
他でもないサッチがこの果物を使い、ケーキやシャーベットを作ってくれたのだ。
目的の果実はなかなか見つからない。
そういえば、人気があるために流通が制限されていると聞いていたことを思い出し、マルコは立ち止まった。
このまま無闇に探すよりも誰かに尋ねた方が早そうだ。
サッチならばどこで手に入るかも知っているだろうに、聞きそびれたことに舌打ちする。
いまから船に戻るのもめんどうだし、忙しいサッチに声をかけるのも気が引ける。
普段はこちらが怒って尻を蹴り上げるまで動かないことだってあるのに、どうしたことか仕事へのやる気を見せている今のサッチの邪魔はしたくない。
とりあえず、先ほど通りがかった道にいた果物売りの主人にでも声をかけよう。
そう思い、引き返しかけたマルコだが、その目は目の前にある店に惹きつけられた。
古びた佇まいだが店のショーウインドウは綺麗に磨かれ、中の装丁も煌びやかでは無いものの、品良くまとめられている。
飾られた品々は木彫りの工芸品らしく、緻密な模様が施されていた。
店内は薄暗かったが明かりはついている。
取っ手に触れ、マルコが店の扉を開くとチリンと可愛らしい鈴の音が鳴った。
いらっしゃいませ、と言葉を発した店主は70歳を超えているだろう老女だった。
穏やかで控えめな感じが店の雰囲気とよく合っている。
マルコは一声かけると店の中を見て回り始めた。
木彫りの工芸品は香木からできているのかどれも良い香りがする。
気になる物の匂いをひとつひとつ嗅ぎ分けて、その中の一つをマルコは手に取って店主へと渡した。
そして一言付け加えると、店主は笑って丁寧にそれを包んでくれた。
包みを持って外に出るとあいかわらず空は綺麗に晴れている。
先ほど買った品を大事そうに胸の内ポケットにしまうと、マルコは再び歩き始めた。



「マルコ、お前今からしばらく遠征に行って来い」
「え、今からかよい?」
「ああ、急ぎでだ」
「いや、でもよい……」
他ならぬオヤジからの頼みにマルコは口籠った。
なぜなら明日は大切な日であるからだ。
「船長命令だ。行って来い」
「……わかったよい」
船長命令と言われれば、断ることは出来ない。
せめて最近姿を見ないサッチに事情を説明しようと思ったが、その場でイゾウに支度された荷物を投げ渡され、エースにもログポースを握らされた。
「早く行ってやれよ!」
言葉がおかしいと思うのも束の間、早く行けといわんばかりにマルコはそのまま船から突き落とされた。
「何すんだよい!」
「ははっ、いってらっしゃい!」
急いで羽を広げ、怒号を飛ばすも無邪気な見送りに二の句が継げなくなる。
「帰ったら覚えてろよい!」
苦し紛れに言葉を吐いてマルコは颯爽と空に飛び立った。
「……たぶん戻る頃にはそっちが忘れてるよ」
青空に舞う青い鳥を見上げて、エースはそっと呟いた。
鳥の向かう先には彼が待っている――。

「マルコ」
名前を呼ばれ、温かな腕に抱きしめられた。
久しぶりの相手の体温、匂いを味わって少しクラクラする。
「サッチ?」
「ああ」
思わず名前を言い返せば、満面の笑みが答えた。
「なんでお前がいるんだよい!?」
遠征と言われ、飛んで来て見ればログポースの針が差した場所は船からそう遠くない位置にある諸島の内の一つだった。
確かここは無人島だったはずである。
島を調べて来い、とだけ言われて来たのにこんな近い場所、しかもすでに知っているこの島を調べろとはどういうことだろうか。
何か変だと思いつつも、真っ白な砂浜に茶色い小舟が一つぽつんとあるのが見えてマルコはそこに降り立った。
その途端、林の中からサッチが現れてその体を抱き締めに来たという訳である。
「だって明日は大切な日じゃないか」
“明日”というワードにマルコが反応する。
青い目がサッチの顔をまじまじと見つめた。
「大切な日を大切な人と過ごしたいって思うのは当然のことだろ?」
無邪気に笑う顔。
それが先ほど見送りを受けた弟の顔と重なる。
「お前さん、最近忙しそうにしていたのは……」
「うん。このため。今までに無いくらい頑張ったから一週間は自由に過ごしていいってさ。嬉しいだろ?」
聞いてくるその顔が嬉しそうだ。
「普段からちゃんとしていれば、あそこまで必死にならなくてもよかったんじゃないのかい?」
「そういうことはいいんだよ。イゾウの奴、ここぞとばかりに仕事増やしやがったんだぜ」
拗ねたように唇を尖らせた仕草に、思わず可愛いと思ってしまう辺り、やはり惚れているんだなと思う。
「こっちに簡易のロッジが作ってあるんだ。行こうぜ」
「そんなもんまで作ったのかよい?」
「どうせこの先も使うことが出来るし、近くの島の奴らも使いに来るってよ」
招かれたロッジではすでに食事の用意までされていた。
「一応、冷めても美味いものばかり揃えてあるけどスープと肉だけはもう一度火を入れるな」
久しぶりに食べたサッチの飯の味は、マルコにはこの上なく美味いものだった。
「デザートもあるぜ」
「おい、これ……」
サッチの用意したデザートを見てマルコは驚いた。
「うん。マルコが買ってきてくれたやつを調理したんだ」
青い羽の形をした実が敷き詰められたベリータルト。
上から砂糖が振りかけられてキラキラとしている。
「まだ誕生日には一日早いけどさ。明日は明日でケーキ作るし、これをマルコに食べて貰いたかったんだ」
そう言って、フォークを差しだされる。
「いただきます」
切り分けられたタルトをフォークで突き刺すとするりと通った。
先を少し割って、青い実も合わせて口の中に入れる。
「――美味いよい」
口にしてマルコは驚いた。
なぜならこの青い実は本来、皮を剥いて食べる代物のはずだからだ。
果肉はゼリーのように柔らかく、甘酸っぱい特徴を持つ実だがその皮は厚く、渋みがある。
「びっくりしたか?確かに扱いづらいけど、ちゃんとした処理をすれば皮も食えるんだよ」
何度も試したかいがあってよかった、と言うサッチにマルコは不思議そうに尋ねた。
「そこまでして俺にこれを食べさせたかったわけでもあるのかよい?」
確かに皮があっても美味しいが、手間がかかるのならば無くても構わないものだろう。
率直な意見だったが、そんなマルコの言葉にサッチは微笑んで続けた。
「だってマルコみたいだろ?」
笑ってサッチが指差すタルトの上にはちりばめられたたくさんの青い羽。
「俺さ、この実をはじめて見た瞬間にマルコだ!ってちょっと感動しちゃったんだよね」
至極単純で明朗な理由。
「皮を剥いた方が作るのは簡単だけどさ、この青色のまま食べて貰いたかったんだ」
通常、皮を剥くブルーウイングベリーの実は一皮剥けば鮮やかな桃色をしている。
青い鳥の羽に包まれた可愛らしい桃色の果実。
その様から巷では『幸せを呼ぶ恋の実』としても知られている。
「サッチも食えよい」
マルコはそう言って、タルトを掬ったフォークを差しだした。
恋人が作った自分と同じ青い羽を持つお菓子。
とても美味しくて、青い実を齧ればそこからは鮮やかな桃色と甘酸っぱさが訪れる。
一人で食べてしまうなんてもったいなかった。
「果肉を煮詰めて作ったジャムもあるから、明日の朝はパンにつけて食べようか」
マルコに差しだされた一口を美味しそうに頬張りながらサッチが言った。
「ケーキじゃないのかよい?」
「朝からケーキだなんて、マルコは良くても俺は胸焼けするって」
「それもそうだねい」
これから一週間、ずっと二人きりでいれるのだ。
この状況に胸が熱くなりそうだ。
「そうだ、サッチ……」
マルコはおもむろに切り出した。
「なに?」
「これ、プレゼントだよい。一日早いがまぁいいだろい」
そう言って、差しだされたのは赤いリボンが掛けられた小さな包みだった。
買い物に出かけたあの日、古びた店で買った物だ。
赤いリボンが掛けられた箱には小さなカードがついており、そこには“Happy Birthday”の文字と可愛らしい押し花があった。
「開けていい?」
「ああ」
サッチが丁寧に包みを解くと、中には木彫りの櫛が入っていた。
「この香り……」
手に取って眺めるサッチが香木だと気が付いたのか櫛の香りを嗅ぐ。
「ワノ国で見た桜の香りに似てるだろい?」
かつて訪れた国の花。
それをサッチは大層気に入っていた。
「今使っている櫛も傷んで来たってぼやいてただろい」
「流石マルコだな」
そう言って、嬉しそうにマルコからのプレゼントを撫ぜる。
手彫りの模様はとても細かく、木の香りは花のようだったが、描かれた模様は海の波を想わせた。
表面も丁寧に磨かれ、作り手の心が見えるようだ。
櫛を再び包みに戻して大事そうにそっと近くの棚の上に置くと、サッチはマルコを振り返った。
「でももう一つプレゼントが欲しいな」
「なんだよい?」
他に何か欲しい物でもあったのだろうか。
首をかしげるマルコにサッチは改まった口調で述べた。
「今夜はずっと俺の隣にいて、明日目覚めたら一番におめでとうが欲しいな」
「そんなことかよい?」
そんなことがこれまでは難しかった。
誕生日を迎えるのに合わせて宴が開かれていたからだ。
その上、付き合いの良いサッチは主役である自分が抜けるわけにはいかないと、最後まで付き合う癖もあった。
二人きりで迎える誕生日など一体どれほどぶりだろう。
「何を言うかと思えばそんなことかよい」
マルコの手がサッチの頬にあてられる。
「夜に限らずこれからずっと一緒にいるんだろい?」
一週間。十分な時間が自分たちには与えられている。
「明日目覚めたらなんて言わずに、日付またいだ瞬間に言ってやるよい」
そう笑うと、マルコはサッチの耳に唇を寄せた。
“ずっと二人きりの夜なんだしよい”
囁く言葉の意味に気づいてサッチが笑い返す。
二人して笑い合った後に交わした口付けでは甘酸っぱいベリーの味がした。


(Happy birthday Thatch!★)



遅れましてのサッチ誕です!
たまには南の島ででも二人でのんびりいちゃこらしてればいいじゃない!と思ったので。
マルコと二人きりになるためにサッチ頑張りました!
実はマルコの分の仕事もやっていました。だってマルコもいなくなるし(笑)
もちろん二人がいない間の雑用等はみんなが分担してやってくれるんですけどね!
この計画のためにサッチはもじもじしながらオヤジにおねだりしに行きまし^^


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