ホワイトデー

「サッチ」
「ん〜もうちょっと待ってな」
「……」
「あっ、こら!危ないだろうが!」
腰に手を回し、背後から抱き締めてきたマルコをサッチは怒鳴った。
「俺に触れられるのは嫌なのかい」
サッチの口元に指を触れ、問いかけるマルコ。
微かに乾いた唇をなぞり上げ、その瞳をじっと見る。
不機嫌さを漂わす視線を受けながらもサッチは動揺しない。
きっぱりと告げた。
「お前がドーナツって言ったんだろ!?」
その通り。
ホワイトデーである今日、マルコのリクエストはドーナツ。
その上、様々な種類を食べたいなどというからサッチは数日前からレシピを練り、3時のおやつのために朝から支度をしていたのだ。
「もういいよい」
「いまさら言うな!後は揚げるだけなんだから大人しくしてろ」
「……」
「見ろ!焦げちまったじゃねぇか!」
「そんなのほんのちょっとだろい」
マルコには焦げたようになんか全く見えなかったがサッチにしたらこれは失敗らしい。
マルコの呟きにも気を留めずぶちぶちと文句を言いながら再びドーナツにつきっきりになる。
それが面白くない。
もちろんリクエストしたのは自分であるし、美味しそうな色と匂いのするドーナツは今から喉から手が出るほど欲しい。
けれどずっとつきっきりというのはやはり面白くないのだ。
声をかけても、話しかけても、触れてみても反応されない。
自分のために集中し、菓子に専念する姿はそれはそれで可愛くも思えるが全くの無視をされるというのは例えそれが自分のためのものだとしても存在を忘れられたようで少し寂しかった。

「ほら、出来たぞ!」
程なくして声がかかる。
サッチの支える皿には山盛りのドーナツが乗っていた。
「……」
「……食べないのか?」
黙り込んだマルコの前で焼き立てのドーナツの湯気が徐々に減っていく。
手を付けてもらえないことにサッチの言葉の端にも不安が滲んでいる。
そのことを感じてマルコは心の中でため息を吐いた。
自分は何をそんなにくよくよしているのだろうか。
折角サッチが作ってくれたというのに先ほどのことを気にして食べるのを躊躇してしまうなんてとんだ我が侭だ。
不甲斐無い自身にまた心の中でため息を吐きつつマルコはほとんど湯気の無くなってしまったドーナツへと手を伸ばそうとした。
「なぁ、あーん」
不意に触れた唇への感触と届いた声にマルコは目を見開いた。
「え?ンッ……!」
疑問の声を漏らした口の隙間に塊が押し込まれる。
慌てる様に探った口の中では温かさと優しい甘さが広がった。
「なぁ、美味しくない?」
“美味しい”ではなく、“美味しくない”かを問うのは不安の表れだろう。
揺らぐ視線の先の翠を見て、マルコはまた申し訳ない気持ちになる。
「なぁ、マルコ……」
不安をチラつかせた声で己の名前を呼ばれたのが最後だった。

「んん……ふ、ん……」
服の袖が強い力で引かれる。
腕に立てられた爪はマルコの肌に深く食い込んだ。
しかしそんなことは気にも止めず、マルコは触れた唇を貪った。
「んぅ……」
微かな甘い味がサッチの舌に伝わる。
そして伝わった甘い味を掻き消すようにさらに深く舌が絡み合う。
「ん、はぁっ……」
息が上がり、焦点を彷徨わせた体をマルコはきつく抱きしめた。
「マ、ルコ……?」
戸惑いを見せるサッチにマルコは再び強く唇を押し当て、今度は舌は入れず軽く啄むようにして離れた。
「美味いよい」
「……え?」
「だからわけたくなった」
そう微笑むと目の前のドーナツの山に今度こそ手を触れる。
取り上げたドーナツには砂糖がまぶしてあり、マルコはそれに齧りついた。
その様子をサッチは呆然と見つめる。
「ちゃんと美味かっただろい?お前のドーナツの味は」
そう舌をチラつかせるとようやく意味を悟ったのかサッチの顔が一瞬にして朱に染まる。
その様子を捉えながらマルコは二つ目のドーナツへと手を伸ばした。
「……!?」
突然感じた感触にマルコは手にしたドーナツを取り落とした。
「……確かに美味しいな。よかった。満足して貰えて」
目の前の顔は先ほどまでと打って変わって明るい笑顔を浮かべている。
「食べカスつけるなんて子供っぽいぜ」
今度はこちらが赤くなる番だった。
頬についた欠片を拭った唇が笑っている。
無邪気な瞳に見つめられて、言われたように自分がとても子供っぽく感じられた。
「マルコ」
照れた顔を誤魔化すように背けていると名前が呼ばれた。
平静を装い、マルコはそちらへと顔を向ける。
「なぁ、もう一回キスしてもいい?」
そう微笑む顔にほんの少し、時が止まる。
そして時が再び動き始めた時、二つの体は幸せそうに身を寄せた。

[ 16/23 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -