雨の日

「あーあ、こりゃ帰れねぇな」
店に来るときは清清しい青空が広がっていたのに、用事を済ませて外に出てみると、信じられないくらいの土砂降りだった。
「もうちょっと時間潰すか」
仕方なく、店の中に戻る。



「止まねぇな」
窓の外を確認しつつ、店の中をうろうろするものの、一向に止む気配はない。
「濡れて帰るしかねぇかな・・・でもこれ濡らすわけにはいかねぇよな。う〜ん」
自分が濡れるのは、まぁいいとして、先ほど購入したこれだけは絶対濡らしたくはない。
また買いに来ればいいのかもしれないが、出来れば今日中に持って帰りたい。
「……あの、一緒に入ります?」
「う〜ん……あ?」
ふと、横を見れば可愛らしい女の子の姿。
「傘が無くて困っているんでしょう?」
「……ああ」
「だったら一緒に行きましょう。私の家、港の方にあるんです。確か船に乗ってましたよね?船まで送るのは無理ですけど、家まで来ていただければ、傘差し上げますよ?」
たまたま港で俺が船から下りるところを見たのだという。
どうやらこの髪型が相当印象に残ったらしい。
「ああ、でもいいのか?」
「はい。ここの雨は一度降ると、一晩以上は降り続けますから。それ、濡れたら困るんでしょう?」
「マジでか!?……それじゃあ、入れてもらおうかな」
流石に一晩以上は待てない。
そして、これも諦めたくない。
申し訳ないが、好意に甘えることにした。
「じゃあ、どうぞ」
傘を開いて、差し出す。
「あっ、俺が持つよ」
彼女の手から傘を受け取り、歩き出した。
歩きついでに会話すると、とても話しやすい子で、俺たちはのんびり会話を楽しみながら歩いていた。
「それ、なんに使うんですか?」
大事に抱えられた荷物がやはり気になるらしい。
「ああ、これ?これはな……」
彼女の問いに嬉しそうに答えを返す。
正直、今からこれを使うのが楽しみでしょうがない。

「こっちが私の家です」
「そっか」
彼女の言葉に、そのままその方向に足を踏み出そうとした瞬間、目の端にある姿が映った。
「マルコ!!」
連日の仕事で疲れ、今は船で寝ているはずのマルコがなぜここにいるのだろうか。
「お前、なんで……」
驚いて呟くも、傘をさすマルコの手にもう一本の傘を確認し、口を閉じた。
「……必要なかったみたいだねい」
ぼそりと呟くマルコ。
心なしか、その目は冷たい。
「帰るかねい」
くるりと後を向き、歩き出すマルコ。
「あっ、おい、ちょっと待てよ!あっ、これありがとうな!マルコ、だから待てって!」
女の子に礼を言い、傘を渡すと、足早に去るマルコを急いで追いかけた。



「マルコッ!」
その肩を掴む。
「なんだよい、ってずぶ濡れじゃねぇかい!」
驚いて自分の傘を差し出すマルコ。
走ったのはほんの短い距離だったが、この大雨では仕方が無い。
「バカじゃねぇのかい」
「お前が行っちまうからだろうが」
そう言って、マルコを睨むめば、多少怯んだようだった。
「……だって、必要なかっただろい」
泳いでいた目が、手にした傘を見る。
「はぁ〜」
嫉妬してくれたことは嬉しいものの、思わずため息を吐いた。
そして下を向いた拍子に、俺はあることに気がついた。
「ああッ!」
「どっ、どうしたんだい?」
あまりの慌てっぷりに驚くマルコ。
「あ〜、これじゃもうだめだ」
がっくりと肩を落とす。
濡らさないように大事に抱えていた荷物は、マルコを追いかけたため、完全に濡れてしまっていた。
「せっかく、マルコのために買ったのに……」
「俺のため?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「お前、起きたらケーキ食いたいって言ってたろ?だから、この街で一番良い材料を色々探し回ってたんだよ」
他の材料は濡れても別段構わないのだが、これだけはどうしようもない。
じっとりと濡れてしまった小麦粉を呆然と見つめた。
「……俺のせいだねい」
残念そうな俺の顔を見て、マルコが呟いた。
「いや、お前のせいじゃねぇよ!天気確かめなかった俺も悪いし!」
あの晴天で今の天候を予測することは不可能に違いなかったが、あまりにも情けないマルコの声に俺はそう言った。
「……でも、これじゃ、作れねぇな。せっかく、とびっきり美味いケーキ作ってやろうと思ってたのによ。ごめんな」
結局、全部無駄足になってしまった。
あの店で悩んでいたのがバカみたいだ。
「……食うよい」
「えっ?」
「だから、食うよいって」
「でもお前これ……」
「たかだか濡れただけだろい?そんなもん気にしねぇよい」
「だけどよ……」
「その代わり、砂糖いつもの5倍な」
「ちょっ、5倍は多いだろ!」
「じゃ、4.5倍」
「なんだよ、4.5倍って!せめて3倍くらいにしとけ。いや、2倍だ!」
「……4.5倍」
恨めしそうな目。
「ッ!ああ、もう、わかったよ!4倍だ、4倍!それ以上は許さねぇぞ!」
「……仕方ないねい」
そう言いつつも、嬉しそうな声。
そんなに甘いのが好きか。
「それじゃ、行くかい。ほら」
「いらねぇよ」
差し出されたもう一本の傘を拒絶する。
「一本ありゃ十分だろ」
マルコの手にしていた傘に手を伸ばし、同時にその体を引き寄せる。
「冷てぇよい」
文句を漏らしながらも、離れるような真似はしない。
「俺は温かいけどな」
笑いながら言い返し、船へ向かって歩き出した。
一つの傘を重ねた手で握り合いながら。


船に帰って、早速買った材料でマルコのためのケーキを作ったサッチ。
出来上がったケーキの前には、嬉しそうな顔のマルコとそれを見つめるサッチの姿。
そして、いつも以上に甘いその匂いに思わず顔をしかめる隊員たちの姿があったとか、なかったとか……。

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