指先アンインストール(4/4)

言われた通り、仕事が終わったら一直線でマルコの部屋の前に来た。
震える手をもう片方の手で押さえつけて、うっすらと、笑う。

今に始まったことではない。
これまで幾度となく理不尽に呼び出されてきたではないか。
いつものことだと、完全に自分に言い聞かせようとするが、やはりどこかで希望を抱く自分は、きっと愚かなのだろう。
希望を抱けば抱いただけ、後の絶望が大きくなるだけだと言うのに。


ノブに手をかけ、扉を開ける。
中は薄暗く、淡く漏れるオレンジの光はおそらくベット脇のランプのものだろう。

寝ているのだろうか?
呼び出しておいて、という気持ちに反して、どこかほっとする自分が居た。
できれば、眠っていて欲しいと。
心のどこかで、そう強く願っている。

そっと扉を閉じ、ランプの光に淡く照らされるマルコを見る。

ゆらゆらと揺れる光になぞられたマルコの体は、優しい色をしている。
これがランプの光ではなく、陽の光だったのならどれだけよかっただろうか。
あの時のように、陽の光の下で、やさしく笑うマルコを見れたのなら、どんなに。



そっと、マルコの頬に手を伸ばす。

俺はただ、マルコに、もう一度…



途端、ぐるりと世界が混ざり、気が付けば目の前には先ほどまでベットで突っ伏していたマルコの顔があった。
マルコは鼻で笑うと、俺の手を上でひと括りに纏め上げ、ぐっと首を掴んだ。


「だめじゃないかい、サッチ。折角逃げれるチャンスだったのに」


本当にお前はバカだと笑うマルコの目は、ランプのやさしい光など一切映してはいなかった。

ひゅ、っと鳴った喉に、マルコが歯をつき立てる。
肉が破れる音がした。


「こ、なかったら…どうせ、もっと酷い、目に…あう、だけ…だ」
「ああ、そうだねい。さっきの段階で逃げても結果は同じだ。どこにいても逃がしゃしねぇ」


ごほごほと咽る俺に、マルコは至極嬉しそうに笑う。

弄る様に動く掌は、かつて俺の頭を優しく撫でてくれた。

先ほど俺の喉を噛んだ口は、かつて俺が欲しい言葉を紡いだ。

昔に縋る事を愚かと言うならば、俺は愚かでいい。
俺は、昔が愛しい。
こうなってしまった現実が憎い。
俺を縛るマルコが憎い。


けれど振り払うことの出来ない、変わり果てたこの腕は、やはり愛する者のそれだからなのか。
どれだけ苛め抜かれようと、拒絶することができないのは、彼が愛しいからなのか。
こんなに辛く苦しいのは。


伝う涙は驚くほど冷たい。
夢中で俺の首筋の血を舐める彼は、一体いつこの涙に気付くだろう。


…もう、止めてしまおうか。
愛するのを、止めてしまおうか。


俺を虐め、縛るのも、愛であると思っていた。
他の男に、俺に見せ付けるようにちょっかいを出すのも、俺の気を惹きたいが為だと言い聞かせてきた。
どんな事を言われても。
『愛してる』と言われなくなっても。
体を求められるのは、まだ愛されているからだと。


けれど、何度そう決意し、逃げようとしても出来なかった。
マルコが好きだから。
ただどうしようもなく、マルコが好きだから。
彼を忘れるなんて、できるはずもないから。


だからこんなに苦しいのだ。






…ああ、そうか。
だからこんなに苦しいのか。

彼を信じる希望を持つから。
彼の愛情を望む心を持つから。
だからこんなにも、苦しい。


痛む喉を押さえ、笑いながら涙を流す。


彼から逃げることができないならば、彼と接することをやめられないのなら。
苦しくて仕方がない、余計な感情を捨ててしまおう。
そうすればもう、辛くない。
苦しくない。

答えは、こんなに簡単だった。






彼の指が体をすべるたび、ひとつ、感情が消えていく。
朝目覚めたら、もう苦しくはないだろう。
笑いながら、目を閉じる。

目蓋に浮かぶ最期の夢は、最初に愛した彼の笑顔。





嗚呼、さようなら。




愛しい、人。










end.




『別れ道』の羽衣様より相互記念でいただきました。
14で書かれる切ないお話が大好きなので「1を信じられない4」リクエストさせていただきました。
痛々しい愛、好きです(´∀`)
サッチが可哀想で愛しくて仕方がない。
本当にありがとうございました!


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