指先アンインストール(3/4)
「おいーっす、お疲れ。どうよ調子は」
「サッチ隊長!!遅いッスよ!」
「もう仕込みおわっちゃいましたー」
どこほっつき歩いてたんですか!と上がる声に、悪い悪いと返せば、呆れた声がいたるところから聞こえる。
少しばかり考える時間が長すぎたようだ。
「片付けは俺がやるからさ」
「あ、言いましたねサッチ隊長!」
「なら俺、今日飲む約束あるんで、俺のも頼みますよ!」
「俺も!」
「俺のも頼みますー」
「てめぇら、ちょっとは遠慮しやがれ!!」
わはは、と、調理場に満ちる笑い声に、今までぐるぐる渦巻いていたものが少しだけ収まった。
やっぱり笑い声は大好きだ。
人が笑う声は、暖かくて、安心する。
そういえば、最後にマルコの笑い声を聞いたのはいつだっけ。
「隊長、どうしたんスか。気分悪いんですか?」
「…え?あ、いや…なんでもない」
一瞬だけ、暗い顔になってしまったらしく、顔を覗き込んできた隊員の一人が不安げに尋ねてきた。
あわてていつものように取り繕うと、それならいいんスけど、と、隊員も笑う。
エースといい、こいつといい、深く入り込んでこないことを本当にありがたいと思う。
「さて、今日もはりきって旨いメシ作るからな!!」
包丁を手に声を張り上げれば、また調理場がどっと沸いた。
「あ、そういえば、さっきマルコ隊長が来たんですけど」
遠くで聞こえた声に、ぴたりと固まる体。
一瞬だけ震えた体を隠すように、大げさに返事をした。
「ああ?何だってー?」
「マルコ隊長がさっき来たんスよ!今夜明けといてくれって言ってましたよ!」
「…そうか。ありがとな」
いいえー、と返事が返ってきて、再び包丁の音がリズムよく響いた。
また、今夜もか。
心の中でどこか諦めにも似た感情が宿る。
けれど、心の奥でまだ浅ましく希望と期待を抱いている自分に気が付いて、戒めるように深く息を吐いた。
期待なんかするな。
した所で、また惨めになるだけだ。
ほんの少し前は、呼ばれるだけで嬉しかった。
夜、部屋に来いと言われれば、どんなに仕事が忙しくても抜けてきた。
全部が全部、マルコが好きだから。
マルコのためならなんだってできた。
それは、今も変わらないけれど。
(…きっと、少し疲れてるだけだな)
余計な不安が生まれるのも、無意味に惨めな気持ちになるのも。
きっと疲れているからだ。
そうに違いない。
そうでなければ、あまりにも苦しすぎる。
どん、と振り下げた包丁が、まだ少し動いていた魚の頭を切り落とした。
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