水に流して
両手に水がたっぷり入ったバケツをもつ女。雑巾を持っていないところを見ると掃除というわけでもなさそうだ。少し早歩きでどこか近寄りがたい雰囲気の彼女。そんな中声をかける人が1人。
「ウイ。ホントにやるの?」
「止めないで。たしぎさん」
このバケツの意味をたしぎは知っているようだ。溜息をつくだけで、彼女の言うとおりそれを止めることはしないみたいだ。彼女が向う先はスモーカー大佐の部屋。
部屋の前に一旦バケツを置き、ノックをする。中から入れと声がする。わざと大きく音を立てて扉を開くけると、もっと静かに開けろとこちらに視線すら向けず、書類に目を通しているスモーカー。見なくとも誰が入ってきたのかわかっているようだ。この視線を合わせてくれない素っ気ない態度に彼女の怒りは頂点に。
バケツの中の水をスモーカーに勢いよくかけた。
「何しやがる!」
やっと彼女に視線を向けたスモーカー。しかし、スモーカーの怒りも目の前の彼女の泣きそうな顔で、口を止めた。
「やっと……こっち見てくれた」
そう言って泣きだしてしまった彼女。スモーカーはどうしていいかわからず固まってしまった。彼女の泣き顔を見たのを初めてだったからだ。
「だって……スモーカーさん。昨日やっと1カ月振りに会えたのに……」
彼女がこんな事をしたのにはもちろんちゃんとした原因がある。それは昨日任務を終えて帰ってきたスモーカー。その期間1カ月。彼女は会えるのが楽しみで返ってきたという事を聞いてすぐにスモーカーの元に会いに行った。
「おかえりなさい! スモーカーさん!」
「ああ」
スモーカーはそれきりで部屋にこもってしまったのだ。自分の職務が終わったあとにも部屋に寄ったのだが、触れようとすると煙になって逃げられてしまった。
嫌われた。だが、それ以上に怒りの方が勝っていた。そのまま何も言わずに部屋を出たところをたしぎに見られ、たしぎにこの事を話したのだ。
なぜかそれは水をかけてやるという結論にいたり、即実行したのだ。そして今に至る。
「1カ月仕事の邪魔になると思って連絡もせずに我慢したのに。何でそんな態度されないといけないんですか!」
「……すまない。」
そう言ってスモーカーは彼女を抱きしめる。さらに泣きだしてしまった彼女の頭を撫でる。昨日はアレだ。その……気恥ずかしくてな。彼女と目線を合わし少し気恥ずかしそうにするスモーカー。
「それにしても酷過ぎです。私嫌われたのかと」
「俺がお前を嫌うことなんてありえねぇ」
心配させて悪かった。彼女とスモーカーの唇が合わさった。
水に流して
(しかし、このびしょびしょになった書類とかどうするんだよ)
(乾かせばなんとかなりますよ)
+++
スモーカーに水かけたかっただけ