教卓まで7cm
. 「あー!! 教室にプリント忘れて来ちゃった」
「待ってるから行ってきなよ」
「いいよ。バイトでしょ。先帰ってて!」
「あーそうだった」
「何、残念がってんの。今日気になってる人とバイト一緒なんでしょ?」
「まぁね。じゃ、先帰るね。バイバーイ!」
「バイバイ! 明日ね!」
夕方の帰り道。私と友達は帰り下校時刻ギリギリまで残って話しをしてから帰るというのが定着していた。あー、ちょっと帰るの遅くなるなー。なんて思いながら靴箱へと引き返す。すぐ帰ってくるからとローファーを靴箱に入れず、そのまま放置して上履きに履き替えた。鍵は職員室か……。襟を正しながら職員室に寄って鍵置き場を覗く。鍵無いじゃん。誰か持ってたのか。失礼しましたーと職員室を出る。階段を上がりながら胸元のボタンを2つ開けて襟を肌蹴させてネクタイを緩める。教室の前に行くと、中には担任の日吉先生が教卓で、なにかのテストの丸付けをしていた。先生は扉の向こう側にいる私に気づいたようだ。私は扉を開ける。
「どうした。美鈴」
「プリント忘れてしまって……」
「明日からテスト週間だぞ。それにその襟」
「すいませーん」
適当に返事をして、自分の机からプリントを取り出す。明日提出だから今日忘れたら大変だ。しかも1時間目提出のだしね。それに社会の先生怖いし。
「先生なんの丸付けですか?」
「今日やった小テストのだ」
「私どうでした?」
「2点だ」
「……。じゃ、私帰りますね」
「待て」
くるりと先生に背を向けると呼び止められてしまった。
「美鈴。今日提出だったプリント今やって出していけ。ついでに古典教えてやる」
「えー。いいですよ」
「今日出せばまだ減点はしないぞ。どうせ家帰っても暇なんだろ?」
先生が持っていた赤ペンで教卓の前の机に座れと指してきた。ここは逆らわないでおこう。
「先生。すみません、プリント下さい。無くしました」
溜息をつかれたが、書類の山からプリントを抜いて渡してくれた。机に座って、鞄から筆箱を出し、シャーペンを手に問題を解き始めるが、わからない。それを見て先生が一言。
「さっそく手が止まってるな。丸付けもう少しで終わるから待ってろ」
先生が終わるまで携帯をいじっていた。少しすると先生が椅子を机の前に持って来て、目の前に座った。先生は顔が綺麗でかっこいいから女子生徒に人気がある。そんな先生が目の前にいるからちょっとだけドキドキした。それに、さっきから思ってたんだけど、違和感があるのは何だろう。
「よし。始めるぞ。まず、ここはな」
時計の針が進んでいく。真面目に先生の話を聞いたのは久しぶりだった。先生の説明はちゃんと聞いていればとてもわかり易かった。基本授業は寝ているか友達と話しているかボーッとしているかのどれかだ。真面目にやれば出来るのはわかっているがそんなのは出来るわけがない。だからずっと赤点ギリギリだ。そして、プリントが全て埋まった。椅子に座ったまま背伸びをする。
「終わったー」
「他の先生にも居残り授業頼んでおこうか」
「勘弁してください。……あっ。そっか」
「……?」
「先生普段はコンタクトなんですね?」
ずっと思っていた違和感。先生が眼鏡かけてるからだ。
「あぁ。生徒が出払ったあとは、眼鏡に変えてるからな。コンタクトって目が疲れるから」
「眼鏡もなかなか似合ってますよ? ますますファンが増えそうな気がします」
黒縁眼鏡で白シャツで腕捲りをしていて筋肉質で男らしい腕が見える。これを嫌いと言う女子はなかなかいないだろう。そういえば先生は中学・高校・大学とテニス部で活躍していたという話を聞いた事がある。
「これ以上キャーキャー言われてもうるさいだけだ。まぁ、俺の授業寝てるヤツも珍しいけどな」
「先生意外と自意識過剰なんですね」
「……授業を聞いてくれるならそれでいい。よし、終了だ。もう帰っていいぞ」
筆箱にシャーペンをしまって鞄に筆箱を戻す。そして、もう1つの違和感。さっきから先生にドキドキしている自分がやっぱりいるのだ。そうなったらアタックあるのみ! なんだよ。と、さっき別れた友達の言葉を思い出した。よし、そうなれば。
「あっ! 先生がよかったらテスト前日まで古典教えてもらえません?」
「あぁ。いいぞ」
「それじゃ、先生さようなら!」
「さよなら」
階段を下りて、放置していてすっかり冷えてしまったローファーを履いて足を進めた。
(アレ? 私。こんなに積極的だったっけ?)
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