夜の幻と
ジンさん。小さく呟いた言葉は誰に届くでもない。久々にやってきた感覚。逃れようと頼れる人物の名前を呼んでみた。心がザワザワして眠れる状況ではない。
「ジン......さん」
名前を呼ぶ以外解決方法がわからない。ジンさんからそういうときはホットミルクを飲めだとか言われていた気がするけど体が動かない。黒いドロドロした感情が流れるだけだ。
「ジンさん」
「どうかしたか」
声が聞こえた気がした。ああ、ついに幻聴まで。頭はかなり冷静なのに心が冷静ではない。どうしたらよいのだろう。少し緊張が和らいだ瞬間に顔を毛布に埋める。一人分少し重い体重でベッドが沈んだ気がした。誰か......いるのかな。
「おい。ゆき」
安心する声が顔を埋めている毛布の上からくぐもって聞こえる。幻想でも落ち着くならこのままでいい。目を閉じて眠ろうとしたら頭をゆっくり撫でられる。目をあけて毛布から顔を出すとジンさんがそこにいた。
「幻......ですか?」
「この世に幻なんてねーよ」
黒いコートを脱いで灰色の二ットの袖を掴む。そばにいるだけでとても安心する。一気に全身の力が抜けたのか涙が溢れてきた。
「また夢でも見たか」
「いきなり不安になったんです」
ずっと頭を撫でていた手が私の涙を拭う。最近までは調子よかったのになと呟いたジンさんは私の隣で横になった。