3.期待ならご自由に

今日の格好はスカイブルーのローズ柄ドレス。この服の売り上げも好調の様で何よりだ。広い会場を見渡しながら頭の中で愛想だぞ。愛想と兄様から何度も繰り返し言われた言葉を思い返す。

今日は数社の芸能事務所と企業の懇親会。上からは幾つものシャンデリアが吊るされていて丸テーブルが並んでいる立食型の懇親会だ。

もちろん行くのなんて嫌で当日まで粘ったけどウチの事務所は企業して2年という若さなのでこういうとこで売り込みをしなければいけないので今売れに売れている私は絶対に出なければいけないらしく今日これが終わったらこのホテルのスイートルームでずっと食べたかったケーキを食べさせてやるとその餌に釣られて出てきてしまった。

別に私の家自体がそれなりに大きい家だから親戚付き合いでニコニコはしているから出来るには出来るんだけどめんどくさい。

兄様の後を付いてやっと全体的に挨拶が終わった。特に食べたいものもないのでノンアルのカクテルをウェイターから受け取り一口飲む。兄様も一息ついたのかワインを片手にしている。

「にいさまー」
「社長だ」
「社長ー。先に部屋行きたいです」
「ダメに決まってんだろ」

ちょっと俺向こうに顔出してくると行ってしまった。仕事人間め。兄様も居なくなっちゃったし本格的に部屋に行きたい。でも勝手に行っちゃったらケーキは無しなんだろうなぁ。1人になれそうなところを探していると前から手を振りながら坂田さんが歩いてきた。服装が細い線のストライプ柄のジャケットに中はベスト、蝶ネクタイとこの間撮影で着ていた服だ。

「ういちゃん、こんばんは」
「こんばんは」

素っ気なく挨拶をするとさっきお偉いさんにはニコニコしてたのにつれないなーなんて言われてしまう。同じ事務所の人間にまでニコニコする義理はないし。

「何の用ですか?」
「いや、いるなって思ったから声かけてみたの」
「ふーん」

ういちゃん、本当におもしろいよね。と坂田さんは笑いだした。……何かウケた。それより企業の人がこちらをチラチラと見ているから早く声をかけられる前に脱出したい。このお互い着ている服がペアもので目立ってるのもあるのだろうけど。

私と坂田さんと土方さんの3人で撮影を行ったものの反響が良く何社かウチでも3人を起用したいと言ってくれたところがあるそうだ。全て検討中らしいから今ここで親しくなっておきたいところなのだろう。そんな事を考えていると1人こちらに近づいてきている。めんどくさいので後は坂田さんに任せてしまおう。

「では、坂田さん。私はこれで」

ちょっと待ってよ! と声が聞こえるが無視。反対側にバルコニーがあるからそこにいようと扉を開けるとそこにはタバコを吸っている普通のスーツ姿の土方さんがいた。

「どうも」
「ああ、ういか」

私は扉を閉めて土方さんの隣に立った。すぐ携帯灰皿を出して火を消そうとする土方さんはとても紳士に見えた。

「別に兄様も吸うし気になりませんよ」

そうだったなと携帯灰皿をしまい口に咥え直した。1人になりたかったのに何となく流れで横に立ってしまった。でも、隣のバルコニーも近いしどちらにしろ挨拶はしなければいけなかったと思うから別にいいか。

「ういは挨拶終わったのか?」
「終わりましたよ。土方さんこそこんなとこでサボってていいんですか?」
「俺も終わったし、こういう場はどっちかっていうと苦手だからな」

あ。同じだ。確かに坂田さんと違って土方さんがニコニコと挨拶してる所は想像つかないな。特にどちらともしゃべることはなく外の風景を眺める。花とか植えてあるんだろうけど扉の向こうから漏れてくる光のみで暗くて奥までよく見えない。退屈だ。早く終わらないかな。隣で吸い終わったタバコを携帯灰皿に入れている土方さん。会場に戻るのかなと視線を向けるとこちらを向いた土方さんと視線が合った。

「一緒に抜けるか?」

女の子ならすぐ惚れてしまいそうな綺麗な笑みを浮かべてる。正統派っぽいのにそういう事言っちゃうのか。ちょっとイメージと違うな。

「冗談やめてください」
「割と本気だったんだが」
「ごめんなさい。先約があるので」
「彼氏か?」
「まさか。今日私はちゃんと懇親会出てきたのでご褒美として兄様とスイートルームに泊まりなんとケーキ付きが待ってるのでーす」

ちょっとおちゃらけて見ると軽く鼻で笑われ相変わらずだなと言われた。そう、相変わらずなのだ。

「なので、ごめんなさい」

はいはいと背を向けて会場に戻っていってしまった。その扉の向こうから見えた兄様の顔が逃げるなと怒っていたので私も続いてバルコニーを出た。

期待ならご自由に



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