忘れないで忘れて

テニスボールを打つ音が響くテニスコート。見渡すと相変わらずジローがいない。少し探してくると樺地に伝え、俺はテニスコートを離れた。多分中庭のベンチだろうと足を進める。しかし見えたのは金髪の頭ではなかった。じゃあ、この先にある木陰だなとそのままベンチを通り過ぎようとした。しかし、ベンチで寝ている顔を見て、心臓が止まりそうになった。

「うい……」

顔を覗き込んでもぐっすりと寝ているようで起きる気配はない。何をするわけもなくただ立ちつくす俺。声をかけるかかけないか迷っているうちにゴソゴソと起きだしてしまった。

「……? 会長さん?」

あぁ、本当に覚えていないのか。俺の大切な大切な妹。そして、今でも忘れることの出来ない感情をもった大切な女性。

「景吾……だろ」
「すみません。知り合いでしたっけ?」

溜息をついついてしまいういの肩が上下にビクついた。ごめんなさい。今思いだすね! と焦り出すうい。今言ったことは忘れろ。本当は初対面だからよ。そう言って隣に座る。部活は少し遅れて戻ってもいいよな。久々の再開だし。

俺とうい。小6の時に両親が離婚。俺は父親。ういは母親に引き取られた。中2の時父親が隠していた手紙をたまたま見つけた。そして知ってしまった。ういが事故に合い俺と父親の記憶だけがなくなってしまった事を。

あれだけ泣いたのも初めてだった。でも同時に忘れてしまったのなら次に会えた時に親に知られるまでは、この特別な感情を本気でういに向けられるのでないかと。俺だってバカじゃないから恋人同士になりたいとまでは考えない。想いを伝えられたらそれで充分だ。

「そうですよね! 私と会長が知り合いだなんてとんでもない話」

胸が締め付けられる。声を大にして言ってしまいたい。知り合いどころか兄妹だと。声を大にして言ってしまいたい。とんでもない話し、その通りだと。

「名前は?」
「美鈴ういだよ! そういえば会長、ジャージ姿だけど部活はいいの?」
「あぁ、ちょっと人探しててな。……良かったら少し練習見てくか?」

ういはチラッと自分の携帯で時間を確認すると少しうわっとした顔を見るとどうやら寝過ごしてしまっている様子だ。ごめん! また今度行くね! と鞄を持って帰って行った。追いかけようかとも思ったけどきっとこれ以上関わらない方が賢明だろう。父親が俺があの手紙のことを知らないとは限らない訳だしな。帰って行く背中をボーッと見つめていると後ろから跡部だーと聞きなれた声。

「ジロー、早くコートに来い」
「ごめん、ごめん。……跡部?」
「どうした?」
「少し目が赤いC。大丈夫?」


(記憶の片隅にさえもういない)
(あの日のように泣いてしまいたい衝動に)





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