ニット帽の彼

,

高校1年の冬。一人暮らしにすっかり慣れてしまい、余裕が出てきた。つまり学校が終わってからひまなのだ。今までは慣れない家事に追われていたから。友達はバイトや部活にととても忙しい毎日を送っている。私だってバイトぐらいしているけど、平日ではなく休日にたまに入っているくらいだ。近くの雑貨屋で。

そんなひまな時間を潰すため秋くらいから趣味が出来た。隠れ家的喫茶店を探すことだ。最近は裏通りの小さい喫茶店パトリシアがお気に入りだ。アンティークの使い方がとてもよくテーブルにはおばあ様店長の趣味である編みぐるみが飾られている。店内にはゆったりした音楽がかかっており、とても落ち着く。

私のお気に入りの席は白い猫と黒い猫が飾られている一番奥の隅の席。今日もコーヒーを頼み席に着く。一人用の席ではないので、向い側の席に荷物を置き、携帯を取り出す。それにしても今日はいつもみない男の店員さんがいる。新しいバイトさんかな。

少し経つと少しうるさくなる店内。いつもより人の出入りを多く感じる。近くに座っている私と同じくらいの年の人達を見るとなにやら同じバックから紙を丸めた筒状のものが出ている。バックに書いてある文字を読むと最近流行りのアイドルグループの名前。コンサートまでの暇潰しか。他にも同じような感じの人達が店内にちらほら見えた。そういえばクラスにも今日はコンサート! と騒いでる人達がいたっけな。

カランと入口の飾りが音を立てる。入って来たのは紺のニット帽を被った長身の男の人。生憎店内は満員。空いている席といえば私が荷物を置いている席ぐらいだ。でも、さすがに男の人との相席はなんか気が引ける。けど、新しいバイトさんは私に相席でも構いませんか? と聞いてきた。コーヒーも飲み終わってしまったし、特にこの後注文をするわけでもないし。伝票を持って立ち上がってお会計お願いしますと頼む。そう言うとバイトさんは入って来た男のお客さんに少々お待ち下さいと声をかけにいった。お会計が済みなんとなく男のお客さんと目が合った気がしたので軽く会釈をした。これが赤井秀一さんとの出会いである。

それから学校では期末テストの期間に入り苦しんだが、無事に冬休みに入り、パトリシアに通う日数も多くなった。私が行くのは夕方。1時間くらいいるとあのニット帽のお客さんが入ってくる。他にも常連さんはたくさんいるのだが、仕事の休憩中のおじさんや私よりやや年上のお姉さん。大学生くらいの人が多いなかそのニット帽のお客さんというのはとても私の中では目立つ存在だった。

ある日クリスマスが近い日のことだった。町全体がクリスマス仕様のなかパトリシアも綺麗なクリスマスカラー。しかし、店内に明かりはついていなくて、入口には臨時休業との張り紙が。店長さんお孫さんでも遊びに来てたりとかかな? 家に帰るか。最近見つけた喫茶店に行くか。携帯を見ても16時と。家に帰ってもひまな時間。悲しいことに周りの友達は彼氏とか地元の人達と遊ぶとか。うーん。私はなかなかに寂しい青春を送っているのではないか。まぁ、いいやと思いもうひとつの喫茶店に向かう。

もう2つ裏通りに入った所には似たような雰囲気だけど若者も入りやすいようなクリスマスカラーの喫茶店、ハル。パトリシアが臨時休業をしているからなのかいつもより人が多い。席が空いているか確認をすると2人掛けの席が空いている。最近冬休みということでバイトのシフトを増やしたので、たまの贅沢ということでコーヒーと一緒にシフォンケーキを頼む。運ばれてきたシフォンケーキは上品に生クリームが添えられており、とても美味しそうだ。前から気になっていたんだよね。ケーキにフォークを通して食べようとしていたら店員さんに話しかけられた。

「申し訳ありません。ただいま満席なので相席でも構いませんか? 男性のお客様なのですが」

なんかいつかのデジャヴ。違うのは近くでコンサートが開催されていないという所と私が入ったばっかりだということだろうか。向こうがいいのなら、大丈夫ですよと返事をし、荷物を避ける。ここの席からは入口は見えないので、どんな人かは見えない。少し緊張。では、こちらにお願いしますと店員の声が聞こえた。

足音が近づいてきて顔を上げるとそこにはニット帽の男の人がいた。この人……。話しをしたことはないけど、顔くらいはわかる。向こうもああという顔をしている。目の前に座ったニット帽の男の人はコーヒーを頼むとタバコを吸っていいかと聞いてきた。どうぞと言うとタバコに火を付け始める。うん。素直に感想を言おう。かっこいい人だな。特に話しをすることもないのでケーキを食べようと意識を戻すと話しかけられた。

「いつもパトリシアの方にいるよな?」
「はい。今日は休みだったので、最近知ったこっちに来たんです」
「俺もだ」

何だか趣味が似てますねと言うとそうだなと返ってきた。案外すんなりと会話を出来たことに驚く。でもなんだか落ち着く人だな。男の人のコーヒーが運ばれてきて店員さんがごゆっくりと一言。私のこと覚えていたんですね? と聞けば制服だから目立っていたとのこと。あまり気にしてなかったけど確かにあの店で制服を着ている女子高生は私しかいない。何を話していいかわからずここで会話が止まってしまった。名前くらい聞いてもいいかな? そう考えていると向こうから名前は? と聞かれた。

「美鈴ういです」
「ういか。俺は赤井秀一だ」

赤井さんか。しかしいきなり呼び捨て。いや、どう考えても赤井さんの方が年上なんだけど。いくつくらいなんだろう。20代後半? 30代前半? コーヒーを飲んでいる赤井さんを見ながらそんな事を考える。うん。大人の色気がすごいんですけど。歳なんて別にいいかとケーキに再び意識を戻す。暫くフォークとお皿が触れる音と赤井さんが席を立って新聞を持って来たので紙を捲る音。とても静かな時間が流れる。その時間を破ったのは赤井さんだった。

「あれは帝探高校の制服だよな? 何年生なんだ?」
「来年2年です」

驚いた顔をしている赤井さん。3年で3月卒業かと思っていたとのこと。私そんな老けてますかと聞いたら落ち着きが大人っぽいと言われた。素直に喜んでおいていいのだろうか。ケーキもコーヒーも食べて飲んでしまい、コーヒーをおかわりするほどお金はない。赤井さんのカップを見ると赤井さんも飲みきってしまったようだ。時間を見ると17時半。そろそろ夕飯の買い物をして帰ろうと伝票を手にすると赤井さんが新聞から顔をあげた。何か言わないとだよね。

「お話出来てよかったです」

そう言ってお会計に向かおうとすると腕を掴まれた。何か忘れ物でもあったかな? と振り向くと伝票を奪われた。急なことにえ? と間抜けな声が出てしまった。私の声にくすりと笑った赤井さんは俺が払うと新聞をたたみ自分の伝票と私の伝票を手にお会計に向かって行く。え? え? お金払ってもらえる理由がないんだけど? 呆然としながら赤井さんに着いていくと当たり前かのようにレジに2つ伝票を渡す。店員さんのお会計一緒でよろしいですか? の言葉に別々でと答え財布を開けるがその手を止められ一緒でと答える赤井さん。店員さんもかしこまりましたとそのままお会計を進められてしまった。

店の外に出た私は赤井さんにいくらでしたか? 私払いますからと諦めず財布を出すけど相席をしてくれたお礼だと目の前に停めてあった黒い車に乗り込んで行ってしまった。……あっ、お礼言うの忘れてしまった。でもまた喫茶店で会うだろうしその時に言おう。






戻る
×


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -