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いつもの甘い笑顔を崩さないまま、氷室せんぱいはわたしのほっぺたをふにふに弄くりまわす。穏やかな氷室せんぱいのことだから、きっと怒ってはいないんだと思う。しかし氷室せんぱいにはちょっぴり意地悪なところがあるというか、エスっ気があるというか。まあそんなところもわたしを虜にしてしまう一つの要因でもあるのだけれど、兎に角その甘い笑顔の裏にはわたしを困らせるための策略が隠されているのだろうと思うと背筋に冷や汗がつたった。


「あの、氷室せんぱい…」

「タツヤ」

「へ?」

「タツヤ、って 呼んでくれる?」


こてん、と可愛らしく首を傾げた氷室せんぱいは甘い笑顔とは不釣り合いの意地悪な瞳をしていた。わたしと氷室せんぱいは付き合ってもう半年経つ。けれど未だ恥ずかしくて氷室せんぱいの名前を呼べていない。それを氷室せんぱいも知っているはずなのに、しかも今のわたしに拒否権はないとわかっていてやるんだから、氷室せんぱいは確信犯だ。


「えと、あの氷室せんぱ」

「タツヤ」

「〜っ!た、つや、せんぱい…」

「…うん。なにかな」


せんぱいの手で優しく包まれていた頬が熱くなっていくのがわかる。満足げに笑った氷室せんぱいが、真っ赤だねなんて言いながら顔を近付けてくるから、思わず頭突きをかましてしまった。ごつん、と勢いよく額と額とがぶつかり合って、頭がぐわんぐわんする。痛みで強く瞑った目を薄くあけると、氷室せんぱいもわたしと同じような感じになっていた。


「あっごめんなさい!」

「…酷いなぁ。キス、しようとしただけなのに」

「き…っ!」


キスという言葉だけ囁くみたいに耳元で言われて、顔だけじゃなく体中が熱くなる。ちゅ、と赤くなっているであろう額にくちびるを押しつけた氷室せんぱいは、クスクスと楽しそうに笑った。


「も、許してください…」

「何を?」

「…誕生日、知らなかったことですよっ」


彼女として失格みたいであまり口には出したくなかったのだけれど、本気で氷室せんぱいはわかっていないようなので仕方なく口にすると、氷室せんぱいは ああ、なんて、わたしの葛藤を放り投げてしまうみたいにあっさりとしていた。


「怒ってないって言ってるのに」


誕生日くらいで拗ねないよ、アツシじゃないんだから。なんて冗談を言いながら、せんぱいはわたしを抱き寄せる。せんぱいの胸に顔を押し付けながら誕生日おめでとうございますと伝えると、せんぱいは ありがとうと笑った後、でも、と耳元で付け足した。


「そうやってキミが申しわけなさそうに僕を見上げてくるのは、悪くないかな」



20121030
キラキラキラー

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