definite(1) [10.11.10.]
シャワーを浴びていると、ドアを軽くノックしてから「おはよう。今朝は自分で起きたのね」と姉貴が声を掛けてきた。
気になって目が覚めたなんて言ったら、きっと笑うんだろうな。
リビングに向かうと、改めて「おはよう」と声を掛け、テーブルについた。「おはよう」と2度目の挨拶を返されながら、コーヒーの入ったマグカップを手渡された。
いつもと変わらない朝。
「明日はどうするの?」
「分かんねえ」
「あら」
どうしようか、今でもまだ悩んでいたりはするが。
「今日はサボる」
「学校?」
「ああ」
「そう。じゃあ配達に行く?」
「ああ」
にっこり笑って、俺の頭を軽く撫でる。
何も聞かねえ信頼感が、いつも俺を安心させてくれる。
どんな事があっても俺の味方だというのは事実だ。ありがたいとずっと思っていた。申し訳ないとは、最近初めて思った。
結局、俺の一番のネックは姉貴なんだよな。
姉貴を守る。
それが俺の最優先事項だった。
それなのに、その俺が姉貴を傷つける原因を作っていいのかと。
その事がよぎる度躊躇していたって言ったら、それを言い訳にするなと確実に本気で怒られるんだろうな。
いい加減、腹括らねえと。
「ロビン」
「なあに?」
カウンターの向こうで焼けたパンを皿に乗せながら、振り向きもしないで返される。いつもの、当たり前の光景。
声を掛けたきり黙っていた俺に振り向き、「今行くわ」と微笑んだ。
天秤に掛ける俺は、筋金入りのシスコンなんだろうけど。
「はい」
「サンキュー」
朝食のプレートをテーブルに置くと、自分も座り、話を促した。
「姉ちゃん」
「なあに?」
「あー……」
いざとなると、照れるというか何というか。頭の後ろをガリガリ掻いた。
「姉ちゃん」
「なあに?」
「今日、コックのところに行ってくる」
「配達に行くって言ったから、知ってるわ」
「いや、そうじゃなくて」
ちょっと困ったと思ったら、クスクスと笑われた。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪ね」
「……からかうなよ。こっちは余裕ねえんだから」
「あら。今からそれで大丈夫? 言葉で伝える前に実力行使に出ちゃ駄目よ」
コーヒー、噴き出すところだった。
「何言いやがる!」
「だって、言葉を考えているうちに面倒になって不言実行になるんだもの、いつも」
長所と短所は紙一重よね、とにっこりされる。
いや、その通りだけどよ。
「さすがに今回はそうならねえよ。あの蹴りの餌食にゃなりたくねえ」
「どうかしら」
「あ?」
「蹴り飛ばさないかも知れないわよ。その代わり、変な解釈して、それを受け入れてよしとしそう」
興味とか、セフレとか? あのプライドの塊がか?
「……そうか?ねえだろ」
「貴方じゃなければね」
「あ?」
「相手が貴方なら、理由なんて多分二の次ね」
「何でだ?」
「さあ?」
「誤魔化すなよ」
「架空の仮定の話に意味はないわよ。それより起こり得る現実の方が大切よ」
確かにな。
座り直して、真っ直ぐ向き合う。
「今日アイツのところへ行って、答え出してくる。その事で、今後姉ちゃんにも嫌な思いさせるかもしれねえ。それでも俺はアイツを選びてえ」
「義弟が出来るとは、想像したことなかったのよ」
「悪い」
「じゃあ止めるの?」
「止めねえ」
「それなら謝らないの」
コーヒーのお代わりを入れに席を立った姉貴に、自分の分も頼み、残っていた朝食を食べ始めた。
姉貴は席につくと、時間がないから、今は簡単に2つだけ、と言った。
「一つは、貴方が気にしてる私の世間体のこと。前にちょっと言ったけれど、同性のパートナーを持つカップルを見てきているから、貴方以上に現実を分かっているわ。だから、心配いらないわ。
そして2つ目。私はフランキーが豪語するくらい筋金入りのブラコンなの。貴方が幸せになる為に決めた選択肢が、私を傷つけることなんてないのよ。全世界を敵に回しても、貴方の味方よ」
「……サンキュー。すげえ背中押された」
「そう? でも、喧嘩した時はコックさんの味方になるから、覚悟してね」
「何でだよ!」
「コックさん、大好きだもの」
「ロビン!」
楽しそうに笑って、ケーキの納品の準備に向かっていった。
→(2)