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早春の陽 [13.02.12.]


 いつもなら幼稚園に寄るのだけれど、今日は赤い髪のドクターが弟を定時に迎えに行ってくれているから、学校を出るといつもと反対方向へ足を向ける。かといって、真っ直ぐに家へ帰るのではなく、行きなれたカフェへと急ぐ。別に急ぐ必要はないのだけれど、学校での憂鬱な気分を振り払うように、そして、待っていてくれる温かい空間に早く辿り着きたくて、自然と気持ちがそちらへと急いてしまう。
 今日は私の誕生日。もう17歳。やっと17歳。果たしてどちらの気持ちが強いのだろう。


* * * * *



 まだ肌寒いというのに、外のテラスに私の宝物はいた。柔らかい頬をあんなに赤くして。風邪でも引いたらどうするのと思いつつも、リスにヒマワリの種をあげている様子についつい綻んでしまう。
 私に気が付いても駆け寄ってくるのではなく、ドアの前で立って待っている。そんなところが大人びてみえると言われるのかしら。私からすれば、年相応な可愛い弟なのだけれど。

「おかえり」
「ただいま。ずっと外にいたの?」
「ちょっと前。そろそろかなーと思ったら、大当たりだ」
 ちょっと自慢げな様子に、思わずつんつんした緑色の髪を撫でた。
 小さな手でドアを開けて先を促してくれるのは、確かに大人びてみえるのかもしれない。こういうことはドクターのところで自然と身に付けてくるから、なんだかちょっと可笑しい。

「おー、帰ってきたか。おめでとさんの前に、ちょっとこっちに座れ」

 そう言って、カウンターに座っていたドクターがテーブルの席へと移り、自分の向かい側の椅子を指し示した。
 隣の椅子にコートと鞄を置き、席に着くと、ドクターが胸のポケットから1枚のクシャクシャになった紙を取り出し、広げてみせた。

「あ……」
「手紙は必ず見せろとゾロに言ってるんだろ?」

 それは、三者面談の日時を知らせる手紙。日時は今日。
 ドクターは何も言わず、ただ私を見つめている。観念するのはいつも私。到底かなうわけなどないのだ。

「……先生と2人で話してきたから、大丈夫よ」
「そんなことはどうでもいい。そうじゃねえだろう。ロビン、こっちを見ろ」

 思い切って視線を合わせる。
 真っ直ぐな力強い、迷いのない眼の中に、私が映っている。それだけが歪んでいるように思えて、眼を合わせていられなくなる。

「ロビン、俺は俺の生きたいように生きる、やりたいようにやると決めているのは知ってるな?」
「ええ」
「それを邪魔できるやつはいねえってことも分かってるな?」
「ええ」
「じゃあ、諦めろ」
「え?」

 思わず顔を上げて、凝視した。

「俺はオルビアにお前らのことを任されたんだ。そりゃあもう全面的にだぞ。どうせ進学しねえとか言ってきたんだろうが、そんなの俺が面白くねえ」
「でも」
「でも? 俺に意見言ったとして、通ると思うか?」
「いいえ」

 それでも、誰にも迷惑を掛けずに弟と暮らしていくためには、やっぱり……。

「ゾロ、こっち来い」

 どうしたらいいか戸惑っていると、ドクターが弟を呼んだ。
 真っ直ぐな琥珀の瞳で私を見つめ、何かを差し出す。それは、ドクターの医院の名前が印刷された薬の袋。受け取ると、紙越しの感触でも察しがつき、思わずゾロの顔を見る。ちょっと斜に構えて何か企んでいるような顔でこちらを見ていた。

「赤髪の兄ちゃんのところ、これしか袋ねえんだもん。プレゼントっぽくなくてごめん」
「開けてみろ。すっげーぞ。な!」
「おう!」

 くしゃりと頭を撫でられ、得意気な表情をする弟に促され、そっと掌に中味を滑らせると、茶色の破片が現われた。

「これ……」
「‘ひょうさい’したんだ」
「ゾロが?」
「おう。ねえちゃんみたい掘るのは難しいけど、表採ならできるぞって、じいちゃん博士が教えてくれた。でも、古いのと新しいのと、俺じゃなかなか分かんなくて。いっぱい拾ったんだけど、プレゼントになるのはそれしか見つけられなかった」
「須恵器はあったんだけどな、坊主が『プレゼントっぽくねえ』とか生意気なこというんだぜ」

 付き合ったであろうドクターが、苦笑交じりにいうと、ゾロが憮然とする。

「生意気じゃねえ。ねえちゃんにやるんだから、すげえのじゃなきゃ」

 かすかに文様の残る土器片。この辺りではなかなか見つからないのに。一体どれだけの時間が掛かったのだろう。

「なあ、ねえちゃんにはこれが何かとか、いろいろ分かるんだろ?」
「ええ、そうね。少しは分かるわ」
「やっぱりすげーな」

 邪気のない、屈託ない笑顔。

「そういうねえちゃん、すっげーかっこいいと俺は思う。俺もそういうふうにかっこいいのがいいから、世界一になる! ねーちゃんには負けねえぞ」
「マリモの世界一か」
「ちげーよっ! 剣の世界一だっ!!」

 分かっていながらからかうドクターに向かって真剣に言い返すゾロに、自分の浅はかさを恥じた。

「ロビン、分かっただろ?」
「ええ」
「ゾロは大丈夫だ。っつうか、こいつはしっかりお前を見てる。言い訳には使えねえぞ。こいつのことを一番に考えるなら、迷っている暇はねえよ」
「……そうね。本当に。ごめんなさい。ごめんなさいね、ゾロ」
「?」
「分からなくていいの。ただ、あなたの気持ちが嬉しいのよ」
「嬉しいときは『ありがとう』だろ?」
「そうね。ありがとう」
「おう!」

 大好きな笑顔。この大切な弟に誇れる姉でありたいということが、私の一番の、母譲りのプライド。

「で?」

 返答を試すような笑みを浮かべて、ドクターに聞かれた。

「大学で、考古学を学びたいの」
「最初からそう言え」

 大きな手で、頭を撫でられた。太陽のように強い隻腕の人は、母亡き後、いつも私達を導いてくれる。どんなに感謝してもしきれない。

「進学先の候補は国内に留めるなよ。どうせやるなら徹底的にだ。中途半端は俺の主義じゃねえ。いいな?」
「はい」
「よし! お前の周りには、幾らでも使われてくれる大人が山といる。たまには自分中心に地球が回っているとか考えてみろ。そうじゃねえと、人生なんざ面白くならねえぞ」
「赤髪の兄ちゃんは、この前黒髪の兄ちゃんに『いつもいつも自分中心に世界が回っていると思ってる』って言われてたぞ。だから、ねえちゃんもたまにくらいそうしていいんだよ」
「馬っ鹿だなあ。俺くらいになると、自分中心に世界を回すんだよ。お前もそうなれるように俺がきっちり教えてやる」
「……」
「なんで黙るんだ」
「だって、兄ちゃん、いつも怒られてばっかりじゃねえか。俺、ねえちゃんに怒られてばっかりになるのは嫌だぞ」
「何〜!? 生意気な!」

 言うが早いか、片腕でゾロを担ぎ上げながら、椅子から立ち上がった。

「うわあっ!」
「ごめんなさいは?」
「えー」
「あー、手が滑りそうだ」
「わー!! ごめんなさい!!」
「最初からそう言え」
 笑いながら、荷物のように担いでいたゾロを、きちんと抱き上げ直した。

「じゃあ、誕生日パーティーを始めるか」
「おう! みんなー、終わったから下りて来て! パーティーするぞ!!」

 ゾロが2階に向かって大きな声を出した。すると、カフェのオーナーや、博士といった、私の大好きな人たちがそれぞれごちそうやプレゼントを持って現われた。これまで私と弟を支え、見守ってきてくれた人たち。そしてこれからもきっとそうなのだと、自惚れていいと言ってくれた。
 これから先、何年たってもこの17の誕生日を忘れることはないだろう。
 たくさんの祝福に精一杯の感謝を込めて、一歩踏み出していこう。


end.













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