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バラッド [12.08.23.]


 始まりは、駅前の広場の端っこだった。
 ギターを弾きながら歌っている奴がいた。
 別に珍しくもないのに立ち止まったのは、見知った顔だったからだ。
 クラスでも無口な奴は、ここでも無口なままで。こっちの問い掛けには応えやしないから、隣に座り、続けろと促すと、ちょっと戸惑いながら、またギターを爪弾いた。
 低くて案外甘い声が綺麗なメロディーに乗って響く。よくよく聞くと軽くない歌詞。ラブソングはねえのかとリクエストすると、ちょっと面食らった顔をして首を振った。
 それから、俺は度々奴の隣で歌を聴くようになった。
 無口なわけも、程なく理解した。
 思ったことが、すぐに口に出来ないらしかった。
 だから、奴は歌う。発せられなかった思いを歌にする。誰かに伝える為というより、その時発したかった自分の思いを時間差で言葉にして。
 奴の歌は、奴そのものだった。


* * * * *



 校内で、駅で、少しずつ隣にいる時間が増えた。
 そして、高校を卒業すると、自然と一緒に暮らすようになった。
 その頃には、多少の人数に囲まれる位に奴の歌は知られ始めていた。
 相変わらず無口なままだったが、奴の歌は静かな波紋の様に広がっていった。
 俺は専門学校で必死な毎日を過ごし、奴は目に止めてくれたプロデューサーの尽力で、少しずつではあるが、歌を生業にしていくための日々にこれまた必死だった。
 共に過ごす時間は少なくなったが、それでも楽しく過ごしていた。
 いつからそこに苦痛を感じ始めたのだろう。
 ああ、そうか。
 いつまで経っても、奴がラブソングを歌う様子がないからだ。
 そう気付いて笑えてきた。
 俺は知らず知らず奴に惚れていて、奴も俺を好きなんだと勝手に思っていたらしい。
 なんでそんな事を思っていたんだろう。
 物凄い自己嫌悪と罪悪感に襲われた。
 イヤホンから流れてくる奴の言葉。無口な奴の静かな心の声。
 ごめん、と言葉にできない声で呟いた。

 お喋りな俺が言葉に蓋をしてまで、無口でありながら雄弁な奴の隣にいたいと、そう思ったまま、そんな俺に構うことなく時は流れていった。


* * * * *



 専門学校を卒業し、念願のレストランに就職し、俺は以前にもまして必死に過ごし、家には寝に帰るだけのような生活を送っていた。
 奴はヒットチャートに名を連ねるほどに歌っていたが、アパートを出て行く様子は全くなかった。帰宅するのは稀なくらいだから、面倒なだけかもしれない。或いは、そんな事を考える暇さえないのかもしれない。
 それなら、俺が出て行けばいい。
 蓋をし続けていれば、いつか思い出に変わると思っていたのに、それどころか溢れんばかりになってきて、そろそろ限界だと思った。
 一月ほど前に久しぶりに顔を合わせた時、勤め先のレストランの支店へ異動になるからここからだと不便になりそうだと、暗に話した。
 相変わらず無口な奴は眉間に皺を寄せたが、俺は奴が言葉をすぐ伝えられないのをいいことに、奴から何も聞かないまま、何時ものように仕事先へと向かわせた。
 今では恐らく奴も俺を想ってくれていると分かっている。9割の確信と1割の不安。
 その1割の不安の為に、無口な奴の言葉をみっともなく欲しがる前に、親友面して離れよう。
 そう決心した。


* * * * *



 あの日に話をしたのは、ツアーが始まり3ケ月は奴が帰宅しないことが分かっていたからだ。
 それなのに、部屋からギターの音がした。
 何かあったのかと不安がよぎったが、聞こえてきた歌声は、何時も通り真っ直ぐなもので、ちょうど曲を作っているところのようだった。
 訳が分からず、とにかく問いただそうと、ドアノブに手をかけようとしたとき、出来上がったばかりの曲を歌い始めた。



 それは、もう何年も押し止めていた、欲しくて欲しくてたまらなかった奴からの言葉。



 ドアに背をつけ、ズルズルとしゃがみ込む。
 ゾロにもサンジがそこにいることが分かったに違いない。
 優しさと苦しさを増した歌声に、サンジの頬を涙が伝った。




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斉/藤/和/義
『歌/う/た/い/の/バ/ラ/ッ/ド』[PC / mobile












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