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食後のコーヒー (1) [10.04.02.]


 今のゾロは、私のことを名前で呼ぶ。
 でも、困り果てている時や助けがほしい時、つまりは精神的に「弟」の立場に無意識に立っている時は、昔のように呼ぶ。

「ねーちゃん」
「なあに?」
「あー……」

 ソファに寝そべりながら、珍しく言い淀んでいる。

「アルコールが良さそうな雰囲気ね」
「飲んでいいのか?」
「まさか」
「まあ、余計に分からなくなりそうだから、いらねえけど」
「深刻ね」
「深刻っつうか……」

 頭をかくのは、困っている時と照れている時の癖。
 マグカップに淹れたコーヒーを持って、ソファに向かう。

「サンキュー」
「どうしたの?」

 起き上がって座り直したゾロにマグを渡して、隣に座った。
 マグを大きな両手で包み込むように持って、一口。小さな頃から変わらない飲み方。暫くコーヒーを見つめるゾロ。真っ直ぐな瞳も、小さな頃から変わらない。

「あー……告られた」
「自慢の弟だもの、モテるのは知ってるわよ。これまでもたくさん告白されてるでしょう?」
「でも、今回はさすがにちょっとな」
「何が?」

 またコーヒーを見つめる。

「これまで、告白されても別に困ったりしていなかったでしょう? 今回だけ、何が違ったのかしら?」
「告られた相手だよ」

 珍しく頼りない顔。思わず笑ってしまう。

「……んだよ、人が悩んでるってのに」
「必要のない悩みだからよ」
「何が」
「いつもなら構わないのに、今回だけ気になっているという事は、あなたも満更ではないという事でしょ。簡単よ」
「簡単じゃねえから、悩んでるんじゃねえか」
「あら、好きになってしまったら、仕方ないでしょう?」
「仕方ないって、そんな簡単に……」
「自分を偽って生きるより、簡単なことよ」
「俺のアイデンティティの危機なんだよ」
「偽りこそ危機では? なんなら、古代ギリシアにおける同性愛の精神的な位置付けでも話しましょうか?」

 すごい勢いで振り向いて、そのまま私を凝視して固まってしまった。
 少しコーヒーがこぼれて手に掛かってしまっている。彼の手からカップを離し、手を拭いてあげている間も固まったままの弟に、また笑みがこぼれる。

「……何でだ?」
「コックさん、最近ちょっと辛そうだったから」
「は?」
「見ているだけでは辛くなったんでしょうね。随分と葛藤しているようだったもの」
「俺は全く分からなかったぞ」
「それはそうでしょ」

 憮然としたちょっと唇を突き出した仕草に、また笑ってしまった。

「さっきから笑ってばっかだな」
「ごめんなさいね」
「ちっ」
「それで?」
「あ?」
「あなたの悩みよ。コックさんに告白されたこと自体に悩んでいるのではないようだから」
「あー……何つったらいいんだ」

 耳をちょっと赤くして、片手で頭をかきながら言葉を探る目は、相変わらず真っ直ぐで。

「告白されて、嫌な気はしなかったこと?」
「まあ、切欠はな」
「?」

 ちょっと首を傾げた気配に気づいて、こちらを見る。

「あいつは男だろうが」
「そうね」
「病的な女好きだろ?」
「そうね」
「それで俺に惚れてるって言われてもな」
「信じられない?」
「いや。だから余計に分からねえ。女好きが男に惚れたってのは、何なんだ?俺も至ってノーマルだ。それなのに、男に告られて悪い気はしねえって、おかしいだろ?」
「どうおかしいの?」
「だってよ、普通なら考える余地ねえだろ」
「だから、アイデンティティの危機なわけね」
「ああ」

 手を伸ばし、見た目より柔らかい緑な髪を撫でた。子供扱いの仕草も、2人だけの時は嫌がらない。

「いい子ね」
「……なんだよ」
「心を左右する悩みは、一生懸命悩みなさい。自分の心だけの問題ではなくて、他の人の心も巻き込むことだけれど、あなたが偽りなく生きていくには、自分で結論付けないといけないわ。こうして聞くことだけはできるから。どんな答えを出しても、私はあなたの味方よ、ゾロ」
「……サンキュー」

 俯いて、小さく答えた。
 撫でる私の手に甘えているように感じるのは、私の願望かしら。


→(2)












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