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熱砂の風 [11.09.17.]


 また降っている。
 この国は本当に雨が多いと思ってしまう。ずっと暮らしてきて、そんなことは全く気にもならなかったというのに、あの地から帰国してから鬱陶しささえ感じる霧雨に溜め息をつく。
 研究室の机の上には幾つかの郵便物が乗っていた。大半が分厚い書類のようだ。手にとっては送付元に目をやる。

「ったく、まだやれってのか。いい加減にしてほしいぜ。俺は軍人じゃねえっての。てめえらで勝手にやりやがれ」

 封を開ける気にもならず、確認してはドサドサと机の端に積んでいく。
 そこでふと小さな小包に気付いた。宛名はタイプされたものではなく、手書きだった。見たことのない筆跡。裏を返してみても宛名以外は何も書いていない。不信感に思わず顔を顰めながら、消印を見た。

「お?」

 何だ何だと逸る気持ちで包みを開けると、中には乱雑に梱包された瓶が2つ。
 1つには干した棗椰子の実。もう1つには黒いパウダー。恐らく、いや、絶対にコーヒーだと確信する。

「チョッパーかな。あいつの選んだ干し棗は美味いんだよなあ」

 帰国の際、母国に干し棗はないんだと話したら、「美味いやつ、送ってやる!」と、涙を浮かべながら言ってくれた子供を思い出した。
 瓶を手に取り、中の干し棗を1つ摘まんで口に入れる。

「ああ、やっぱり美味いな」

 もう遠い遠い昔のことのような気がする。自分を誤魔化していることが苦しくて、逃げるように帰国した。こうしてほろ苦い思い出になっていくんだろうと、知らず薄い笑みを浮かべた。
 棗の濃厚な甘味に、紅茶を入れようと思ったが、どうせならともう1つの瓶を手に取った。蓋を開けると、コーヒーの香り。

「ビンゴ」

 この国のコーヒーとは少し異なる香りに、また過ぎ去った日を思い出す。同時に浮かびかけた男のことは、また記憶の奥底に沈めた。

「こいつの道具はここに置いてあったかな」

 敢えて口に出して茶器を探す。思った通りの場所からそれを見つけた。コーヒーをポットにあけようと瓶を傾けると、中に何か入っているのが見えた。ゆっくりと引き出し始めると、それがカードであることが分かった。
 初めて見る筆跡。名前もないカードだが、それを書いたのは間違いなくあの男だ。

「……クソ野郎」

 カードを握り締める。くしゃっとなったそれを、それでも投げ捨てることができずにそのまま机の上に放った。
 無意識でもこのコーヒーの淹れ方を覚えている自分がいる。その事実が、吹っ切ったはずの想いを思い知らせてくる。
 吹っ切ったわけではなく、目を反らして逃げていただけだと分かっていた。分かっていたけれども、まだ気が付きたくはなかったのに。
 大切な人を悲しませることはしたくないのは本心だ。恩義に背くなど到底許し難い。だから帰国したのに。
 飲み干した小さなカップの底には、コーヒーの粉が沈んでいる。
 運命の類いを全く信じないくせに、死んだ幼馴染みが好きだったからと、苦笑しながらコーヒー占いをしていた。一方で、野望の為なら非情になると言い、その為に俺を利用してるにすぎないんだなと問うてもただ笑っていた。
 極端な男。その本心を知ろうと思うことすらしなかった。それでよかった。そのはずだったのだ。
 結局は全て無駄なことだと、やっぱり分かっていた。遅かれ早かれこうなったに違いないと思いながら、素直になれない自分がいる。
 溜め息をついて、カップをソーサーの上で逆さにする。
 丸めたカードを見つめる。包みに書かれた宛名書きを見つめ、そして消印を見つめる。
 目を閉じると、ここで自分がやりたかった事が頭を巡る。恩師、友人、そして家族。数少ない分より自分を気にかけてくれている人達の顔が浮かぶ。
 どれくらいそうしていただろうか。天の邪鬼な自分は、結論は出ているのに、やっぱり素直にはなれなくて、静かにカップを返し、沈んでいたコーヒーの粉を見た。

「仕方ねえ」

 占いの結果に背を押された振りをして、干し棗を齧りながら、届けられた郵便物を手に取る。
 そして、丸めたカードを開いてもう一度メッセージに目を通すと、また握りつぶし、今度はごみ箱に投げ入れた。
 郵便物を開封し、入っていた書類をパラパラと捲る。
 忘れた筈の風が吹き始めた。



end.












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