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エスプレッソ(1) [11.02.28.]


 厚手のコート姿は見なくなり、都会の装いは春めいてきたとはいえ、まだまだ風は冷たい。今日も煮込み系の料理がよく出るのだろうか。
 ティータイムを楽しむお客から、早めの夕食を楽しむお客へと移り始める時間。高層ビル街がオレンジに染まっている。
 高架下のサンジのレストランには、まだ客は2、3組だ。
評判の割に予約が少ないのは、かしこまった店ではなくふと思い立って訪れる客が多いからだ。リーズナブルな上に家庭的なメニューが豊富だ。しかし、家庭的でありながら間違いなく洗練された最高の料理が出される店は、口コミでオフィス街では知られた存在になっていた。
 今日は、少し奥の席には予約のプレートが置かれていた。
 相変わらず女好きのサンジは、女性客の予約に今朝からもうご機嫌だ。そろそろお着きになる頃だ。相変わらずの冷たい風の中をお越しくださるんだ。ああ、お風邪など召されたら大変だ〜などと、まだ見ぬ女性のために、せっせとコース料理の下準備に余念がない。
 わざとらしいくらいに女性の下僕と化している自覚は、ほんの少しだけあった。
 年が明けてからゾロと会う時間は激減した。とはいうものの、学校と店がある2人は元々そう機会が多かったわけではない。ただ、年末年始に過ごした時間を思うと、ついいろいろ考えてしまうのだ。それを誤魔化すように、サンジはより女性への賛歌に勤しんでいるというわけだった。


* * * * *



 高層ビルがオレンジから朱く色を変えた頃、2人の女性が店を訪れた。
 サンジはそれはもう軽い足取りでドアへと向かい、そして綺麗にお辞儀をして出迎えた。

「いらっしゃい、レディたち。お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」

 予約席へと案内すると、順番に軽く椅子を引いて座らせる。その仕草はお辞儀同様とても優雅だ。
 テーブルに置かれた予約のプレートを手に取って一度下がると、今度は水の入ったグラスとメニューを持って来た。

「予約は、サラダとパスタ、メイン、デザートのコースでお受けしていますが。先ずはパスタ。そちらのお姉様は、辛口海鮮パスタをと承っていますが、こちらのお嬢さんはどうかな? 好きなのを選んでね。メインもこの中からお好きなのを選んでくれるかな。デザートはプレートでお出しするけど、苦手なものはあるかな? 大丈夫?」

 一つ一つ、確認するように説明し、メニューに載っている料理の説明をしようかとした時、カランと来客を知らせる音がした。

「いらっしゃいま……」

 ドアの方を見て、綺麗な蒼い目が軽く見開かれた。
 ゾロ。
 思わず固まってしまった。ふと視線に気付いて、テーブルに向き直った。

「あ、ああ、失礼。お決まりになりましたら、お呼びくださいね♪」

 うまく笑えていただろうか。
 気持ちが急くのを何とか押さえ、カウンターに座ったゾロの元へ向かった。

「珍しいな。どうした?」
「受験の帰りだ」
「は?」
「大学入試」

 そういえば、進学するんだろうと言ったことはあったが、その答えをはっきり聞いたことはなかった。そうかと思いながら、胸に刺さる小さな痛みは何なのだろう。

「そうか。お疲れさん」
「おう。本当に疲れた。眠い」

 そう言って、でっかい欠伸をする。こんな時の表情は、まだ18だよな。ふと、顔が緩んじまう。
 緑色の短い髪を梳くように撫でた。久しぶりの感触。それだけで少しずつ何かが満たされていくようだ。

「腹減ってねえか?」
「すげえ腹減ってる。今日はここへ来るつもりだったから、余計腹減った気がする」
「アホか。ちょっと待ってろ。オーダーだけ取ってくる」

 そういうと、先ほどのテーブルへと歩き、声を掛けた。

「レディ達、お決まりかな?」

 返事はないが、じっと顔を見られている。

「ん?」

 サンジはその視線に不快な顔一つせず、逆にちょっと笑って問い掛けるように首を傾げた。はっとした客は、慌ててオーダーしてくれた。そんな様子が可愛いのは、女性の特権だよなあと、心から思う。

「畏まりました。お待ちくださいね〜」

 オーダーを受け、キッチンに向かう。
 カウンターに座るゾロに、ちょっと屈んで声を掛ける。

「先に何か飲むか?」
「エスプレッソ」
「了解」

 中に入り、エスプレッソマシンをセットする。そして、冷蔵庫に冷やしておいたドレッシングを取り出し、準備していた野菜の水を切り、サラダボウルへ入れる。その様子は、相変わらず踊っているようだと、カウンターからゾロは見ていた。
 程なく、サンジが右手にはエスプレッソ、左手にはサラダを乗せたトレイを持って、カウンターから出てきた。

「ほれ」
「サンキュー」

エスプレッソをゾロに渡し、サラダを予約客の元へ運ぶ。

「お待たせしました。ドレッシングはお好きな方を。両方かけても美味しいですよ♪」

 そう言って、サラダと2種のドレッシングを置いて戻っていった。

 少しずつ増える客の応対をしながら、サンジは料理を作り続ける。
 その合間に、ゾロには山盛りの辛口海鮮パスタを出してやる。

「いただきます」
「召し上がれ」

 最近では、もうこの礼儀正しさにもなれ、笑うことはなくなったが、別の意味でにやけてしまうのは止められなかった。


→(2)












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