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Lunch time(2) [10.01.25.] 


* * * * *



 思っていた以上の収穫で、有意義な買い物になった。予定よりは早いが、裏口から入れば邪魔にならないだろう。
 ドアを開けると、活気のある音が聞こえてきた。楽しそうな声。食器の音。料理する音。どれもが「美味しい」と言っているように聞こえ、ちょっと焦った。そんなことがある訳ないだろう。

「よう、お帰り。ちょっと待ってな。一段落したら、持っていってやるよ」

 俺に気付いたコックが、そう声を掛けてきた。
 初めて見る。そこには、いつものアホはいなかった。オープンキッチンで料理をしながら店の全てに目を配り、客に満足を提供する一流の料理人が、そこにいた。
 すげえな。
 思わず見惚れた。いや、違う、「見とれた」だ。ん? それもどうよ。変だろ。

「ナミさん、いらっしゃーい! 今日はまた素敵なレディをお連れなんだね。ちょっと待ってね〜♪」

 ……前言撤回。こんな状況でも相変わらずの女好きかよ。でも、口だけで、料理もサービスも手抜きがない。
 こんな満席状態を、いつも一人で回してんのか。

 まいった。すげえな。

 そう思ったら、朝使ったエプロンを手に取っていた。ウェイターなら、いつもやってる。カフェもレストランも、大差ないだろ。

「いらっしゃいませ」

 何でこの女は、こんなに驚いてんだ? 俺、何もしてねえよな?

「お決まりでしたら、お伺いしますが」
「ああ、じゃあ……ランチはどっちがお薦め?」

 そういえば、メニューとか知らねえな。

「さあ。でもまあ、本人の好物だから、パスタのAランチはそうじゃないかと」
「それでいい? じゃあ、その辛口海鮮パスタのランチを2つ。紅茶で」
「かしこまりました」

 振り向いて、まん丸になった目にびっくりした。そこまで驚くようなことか? それでも流れるような動作は止まらないんだな。そっちの方が驚きだろ。

「パスタのAランチ2つ。紅茶な」
「! ああ。サンキュー。てめえのランチはそこな。悪いな、そんな所で」

 厨房の片隅に、美味そうなパスタ。

「いただきます」
「ぶっ! て、てめえ、似合いすぎるな、その行儀良さ」
「うるせえ」

 何で挨拶で笑われるんだ?

「クソ美味えだろ?」
「ああ。ちょっとした感動もんだな」

 え?

「何でそこで赤くなる?」
「う、うるせえ! てめえこそ何だ、毬藻がいっぱしの口ききやがって!」
「ああ!?」
「まあいい。俺様は一流だからな、当然だ、うん。あ、これ出したら飲み物入れてやるよ。何がいい?」

 ちょっと店を見やると、さっきまで溢れんばかりだった席は、半分ほど空いていた。時間は1時半近い。

「この辺はオフィス街が近いからな。で、何がいい?」
「エスプレッソ」
「了解。こっち座ってろ。
 お待たせ〜♪ 本日の一番お薦めを選ぶとは、さすがナミさんだ! サラダのドレッシングは、特別にオレンジベースで作ってみました。お口に合うといいな〜。
 初めまして、レディ。お気に召しますかどうか。騒がしい店ですが、どうぞごゆっくり♪
 後程デザートを持ってくるからねー♪」

 これだけ忙しい中で、客に合わせてアレンジしたりすんのか!?普段のアホさとの落差が激し過ぎじゃねえか?
 混雑時も、誰も座っていなかったカウンター席。よく見れば、椅子は1つしかない。言われた通りそこに座ると、エスプレッソが出された。

「ケーキは?」
「いらねえ」
「美味いぜ」
「お薦めは?」
「うーん、洋なしかな」
「へえ。美味いのか」
「俺の店で出すくらいだからな」

 何故か目を合わせられないまま、コーヒーを飲んだ。
 くくくっと、声を殺した笑い声が聞こえた。



end.

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