The wizard(42) [10.04.08.〜]
「ん? でも、何でお姉様はゾロが鷹の目の『子供』だって知ってるんだ?」
「向こうじゃ公然の秘密みてえな話だからな。まあ、馬鹿なことをやらかしたら、かの鷹の目の『子供』でも容赦されねえって、体のいい見せしめってところか。関わるとろくでもねえから、知らねえことにされるってのは、魔法界と同じ。その辺は暗黙の了解だな」
どこか自嘲めいた表情に、サンジの胸の奥がツキッと痛む。
人の世界でも魔物の世界でも忌む存在と見られ、地獄では自身が狩った連中を筆頭に、散々痛めつけられてきたんだろう。
ずっと独りで。
緑の髪をそっと撫でた。
「なあ」
「ん?」
「この体、どこで生きていたんだ?」
髪を撫で、時折ちょっとつまんだりしながら聞いた。
「この屋敷の下だ」
「へ?」
「ここは元々領主の屋敷があったんだ。そこの地下牢で凍ってた」
「凍ってた?」
「おう」
「何百年も?」
「おう」
「解凍して元通り?」
「……まあ、そう言えなくもねえが」
「適当なこと言うんじゃねえ。そんな魔法ねえだろが」
「魔法じゃねえからな」
「……悪魔の力か」
「ああ」
「何で悪魔が?テメエの罪は、魔法使いとしてのだろ?何で悪魔?何だか分かんなくなってきたぞ」
うがーっと自分の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「順番に、くいなの話からするか」
金色の髪を梳いて直してやりながら話し始めた。
「くいなは、近衛の家の娘で、自分もいつかは剣士として領民を守りたいと言って、俺が『子供』になる前から同じ門下で鍛錬してたんだ。俺は『子供』になった後も、その師匠の下へ通ったが、周囲の反応は変わっちまった。全く変わらないのは、師匠とくいなだけだった」
皆が共に生きていたとはいえ、やはり異種族への畏怖や嫌悪はなくなることはなかった。まして一方の種は、本来他方の種を糧にするのだ。本能的に警戒するのは当然のことだ。
「くいなだけだった」
ゾロは、体を起こして座った。サンジは、その綺麗な背中をじっと見つめた。
「俺を、ただ俺として見ていたのはくいなしかいなかったから、自分のできることはしてやりたいと、ただそれだけだった。愛していると言われたからこそ、それを返したかった。……でも、それは大きな間違いだった」
そのまま振り返るようにサンジを見た。
「別に、ガキの頃から誰にも認められなくても気にもしていなかったんだけどよ。ある日、そんなつまらないこと言うなと、一人で生きられると思うなと、母親に怒られてな。それで、自分の周囲を見渡したら、くいながいた。だから、くいながいればいいんだと思ったんだ。ただそれだけだったのに、愛していると思っちまった」
サンジも体を起こし、ゾロの方を向いて座った。
「愛してなんかいなかったのにな」
サンジは黙ってゾロを見つめた。
琥珀の瞳は、金色を帯びていた。
「テメエはちゃんとくいなちゃんを愛していたんだよ。そして、くいなちゃんもだ。だから、辛い思いをしたんだ。愛してなければ、そんなに苦しんだりしねえ。愛していたから、失いたくなくて生き返らせたんだよ」
「違えな」
「ああ!?」
「少なくとも、愛していたから生き返らせたんじゃねえ。愛しているなら助けるべきなんだと思っただけだ」
「あ?」
「だから、失いたくねえとか、そういう気持ちからしたことじゃねえ」
「で?」
「あ?」
「そうじゃねえなら何だ?」
「知るか」
「いいか、ちゃんと、全部、俺が分かるように話せ。分かる必要ねえとか言いやがったら、オロスぞ」
聞きたい事を我慢するのはもう嫌だ。それに、今を逃したら、もうチャンスは来ないかもしれない。必死さを全身に纏いながら、ゾロを睨み付けながら言った。
「俺は知りてえんだ」
ゾロは軽く目を見張った。
「てめえが知りてえのは、くいなと俺の間にあったものか? 俺がくいなを愛していたかどうかか?」
「違え。いや、違わねえのかな。俺が知りてえのは、ロロノア・ゾロのことだ。ゾロが誰に愛され、誰を愛したかじゃねえ。ただ、テメエのことを一つでも知りてえと思ってるだけだ」
真っ直ぐ見つめる蒼い瞳の強さに思わず見とれた。
ゾロは一つため息をつき、頭の後ろをガリガリと掻いた。
「『子供』にしては、金色の瞳も持ち、突飛な力を持つ自分は、果たして人か悪魔か。ガキの頃はさすがに自分のことだけで手一杯だった。力を抑えるのも結構苦労したしな。
だから、周囲を気にしなかったって言ったが、周囲を気にしている余裕はなかったってのが正しいか。
ただ、剣を振っているときだけはそういうことから開放されて、すげえ自由だった。だから、もういいやと。剣さえあれば、ほかはどうでもいいかってな。
独りも楽だし。
そんな俺を愛しているといったのが、くいなだ。
変わらねえ態度で接してくる唯一の女で、しかもあいつだけが俺と剣を交えてた。そういう意味で、あいつは確かに特別だった。
だから、俺もあいつに応えようと思ったし、俺もあいつを愛してるんだと思った。
どこかで、人を愛せているんだから、俺はやっぱり人間なんだと思いたいからじゃねえのかと気付いていながらな。あいつはそんな俺の気持ちも分かっていて、それでいいと笑ってたんだが、いつからか笑わなくなった。多分、ちゃんと応えてほしがってたんじゃねえかと思う。
でも、正直、どうしたらいいのか分からなくてよ。でもまあ、くいなしかいなかったから大事は大事だったし、それで魔法使いになろうと決めた」
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