The wizard(30) [10.04.08.〜]
5年振りに入った自室は、きっちり結界が張られている以外何ら変わっていない……はずだった。
「あのハゲ緑……」
他の部屋と同じように、家具には白い布が掛けられているが、唯一ベッドだけが思い切り使われている。
そりゃあ霊体じゃなくなれば寝る場所が必要だろう。だからって、何故俺のベッドを使いやがる。
…………ここで………。
そんなわけはねえ。どんな状態であれ、あいつが自分の寝床を無防備に曝すことはない。しかも俺のベッドだ。ってことは、あいつがアルビダお姉様の所へ連れ込まれたか。
これまでに感じたことのない痛みが突き刺さる。
寝たとか以前の問題だ。あの男に触れているのを見ただけで、焼き切れそうになった。
俺のものだなんて、ガキの独占欲なのは分かってる。アイツの言うとおり、俺は何も成長していない。いや、素直に泣けない分だけ成長したか。
特別なのは俺だけの筈だった。なのに、俺が触れていないのに触れた奴がいて、俺が触れられていないのに触れられた奴がいる。
こんな時に考えることじゃない。理性と感情がぐちゃぐちゃになる。
『感情に流されて後悔することのねえように、きっちり気持ちを抑えられるようになれ』
魔法を教えられながら、何度となく言われた。まだまだだと思い知らされる。
けどな。
「後悔するかどうかなんざ、やってからじゃなきゃ分かるわけねえじゃねえか、ボケ!!」
大声で叫んでベッドに突っ伏した
顔を埋めた枕から知らない香りがした。と、同時に現れた気配。
「後悔しねえ自信がねえならやるなってことだ、アホ」
変わらない気配に、なんだか目から鼻水出そうになるじゃねえか、コノヤロ。
何時もと同じように隣に来る気配。当たり前のように迷いがない行動にほっとするが、いつもは伴わない質量がベッドを軋ませることに苛立った。
「何勝手に人のベッドに寝てんだよ」
「ここは俺のベッドでもあるからな。特に、これは俺のだ」
「ぶっ!」
うつ伏せていた枕を横から引っ張って取られた。確かにこれに乗せていたけどよ。
これまた当たり前のようにベッド半分を占領する。枕をしっかり使ってだ。
「大体、何しにきたんだ、ハゲ。俺は監禁されてるんじゃねえのか」
「ハゲじゃねえ」
「そこはどうでもいいだろうが、サボテン頭。何しにきたのか聞いてんだろうが」
「あ? 寝にきた。建て前は監視だ。結界を破られないように見張らねえと。まだその程度の回復力だ思われてるからな」
「んなわけねえだろ、片手でウソップ達を消しやがって! それにあの人形みたいな態度はなんだ!! 今と全然違うじゃねえか!! それよりアイツ等どこやった? 場合によっちゃあ許さねえぞ、エロ腹巻き!!」
「……ギャーギャーとまあ、次から次と。ったく」
「誰のせいだ!!」
「俺なんだろうけどよ」
いきなりの沈黙。
「目ぇ見て話せ」
自分の心音が煩い。目を見たら、何から聞けばいい? 何なら聞いていい? 俺は何を知りたくて、こいつは何を知られたくないんだ? 心の準備は出来ていたはずなのに、予想もしなかった事態に、そんなものは役に立たねえ。目なんか見られるか。
こんな近くに、熱を、質量を感じるなんて。
「おい」
俺を呼ぶ声だけなら、変わらない気がして。
「おい」
体を起こす気配と、ベッドの軋み。
目を閉じたまま問い掛ける。
「なあ、お前は誰だ?」
「ロロノア・ゾロだ。それ以外の何者でもねえ」
「どんなモノでもか」
「ああ。俺は俺だ」
「誓えるか?」
「当然」
そういう奴だよな。知ってるさ。
俺も、腹ぁ括り直しだ。
体を起こし、向かい合わせに座る。胡座の膝同士が触れそうな距離。徐々に視線を上げる。
紅い瞳。俺の見知っているのは、琥珀の瞳だ。
「何だよ、その目は」
「吸血鬼に咬まれてるからな」
「テメエには効かねえだろ」
軽く眉間に皺を寄せて、片方の眉を上げる。ああ、ゾロだ。
「ここに来る前、くいなちゃんに会って、話を聞いてきた」
「そうか」
「紅い瞳、似合わねえ」
いつもの皮肉めいた笑顔をした後、瞳の色が変わった。
金色は、力のある悪魔の持ち物。
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