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The wizard(10) [10.04.08.〜]


「探れるが、それよりビビに連絡しろ。すげえ強い念がビビに向かってる」
「念?」
「あの女、こんな呪文しかけやがって」

 苦々しく吐き捨てると、サンジがすかさず反応する。

「お姉様に何て口ききやがる!! ……って、念? 呪文? ビビちゃんが危ねえのか? 説明しやがれ!!」
「念はコーザのだ。俺がそれを読みとるのを見越した呪文だ。ギンには辿れねえ」
「じゃあ差し迫って危険はねえな」
「まあな。但し時間勝負っていうのは変わらねえよ。ギンも必死になって回復を図ってんだろ」
「盗みの片棒担いだ奴をグリルしちまったくらいだからな。本腰入れてコーザを探すか」
「コーザはビビと合流する気だ。ビビを張ってりゃ勝手に現れる」
「じゃあビビちゃんにここへ来てもらおう。俺が全身全霊でお守りする!!」

 サンジは「おや?」と思った。いつもなら、ここですかさずアホだのなんだの言ってくるゾロが、何も言わずに穏やかならざる気だけを発散させている。ふとそっちを見やると、眉間に深い皺を寄せた姿が自らの怒りの気で微かに揺らいでいた。さすがにちょっとびっくりした。

「どうした?」「あの女、最初からてめえを嵌めるのが目的だったんだ。コーザの話は、たまたまタイミングが合ったから利用しただけだ」
「嵌めるってのは言い過ぎだ。でもまあ、俺を評議会と対立させてえらしいってのは、もう分かってることだろ? 分かってて首突っ込んでるんじゃねえか」

 何を今更と、ちょっとおどけたふうに応じると、ゾロの眉間の皺は、ますます深くなった。

「そうじゃねえ。てめえをはめる機会をずっと狙ってて、そこへ今回の話がってことだ。『鎖』を奪って壊す手段をコーザに教えただけじゃねえ。てめえが『鎖』入りの筒を手に入れて、俺だけがそれからコーザを辿れるような呪文をかけてある。確実にてめえが関わらなきゃなんねえようにしてある。お節介で助けたって言い訳できるレベルじゃねえ。下手すりゃ首謀者クラスだ」

 深刻なゾロに対し、今一つ緊張感のないサンジ。

「さっぱり分かんねえ。何のためだ?」
「知るか。何かやらかしたんじゃねえのか?」
「だから、それならてめえの方だろうが!」
「俺は髑髏で寝ているだけだ。誰にでもヘラヘラしているから、知らねえ間に怒らせたんだろ。それにしちゃあ随分な仕打ちだけどな」
「レディのお呼びを無視するから怒らせたんじゃねえのか? ああ、ワリイ、人の言葉が理解できねえか、藻だからな」
「ガーガー煩せえアヒルだな」
「そんなに寝てえなら、永眠させてやろうか、寝ぐされ毬藻が!」
「てめえにそんな力量はねえよ! なんなら教えてやろうか? アホ眉毛」

 サンジが反論しようとしたその時、携帯がなった。

「ビビちゃんからだ!」

 一気に2人して現状に引き戻された。

「もしもし、ビビちゃん? どうしたの?」
『あ、サンジさん。実はコーザから手紙が届いていたんです。消印がないから、直接持ってきたんだと思うんですけど、どうしたらいいか分からなくて』
「分かった。今どこにいるの?」
『中央公園です。人がいるところじゃないと、何だか不安で』
「そこは比較的安全な場所だよ。いい選択をしていたね。えーと、手紙は今持ってる?」
『はい』
「じゃあ今迎えに行くから、そこで待っててね」
『分かりました。ありがとうございます』

 電話を切ると、まだ不機嫌そうなゾロに向かい、挑戦的な笑みを浮かべて見せた。

「とにかくまずはビビちゃんを守らないと。アルビダお姉様がどういうつもりか分からねえけど、俺のことはてめえが守ってくれるんだろ? なぁ“ゾロおじさん”」
「言ってろ、半人前」
「半人前じゃねえよ!」

 サンジがザックを引っ手繰りながら部屋を出るのと、ゾロの姿が消えるのと、ほぼ同時だった。
 日が沈み始めた頃、お茶をブレンドしてもらおうと『The wizard』を訪れた客は、ドアにかけられた「close」の札に肩を竦めた。窓から中を伺っても、真っ暗で何も見えない。この店は、こんなふうに突発的に閉められることが珍しくない。急ぎでもないし、また明日にでも寄ろうと、特に気にせずに立ち去った。


* * * * *



 魔法で覗けないようにされている店内も、実際は夕日が差し込んで明るい飴色に包まれていた。
 ビビを連れて店に戻ったサンジは、コーザからの手紙を読んだ。

「それ、ラテン語ですよね? コーザはラテン語なんて分からないのに」
「本来は、普通の人が読めないように独特の文字で書くべき言葉なんだけどね。ビビちゃん、ラテン語、読める?」「はい」
「だからか。これは、『鎖』とコーザの繋がりを断ち切り、『鎖』を破壊するための呪文だよ。といっても、これを読んだだけじゃ、何にもならないけど」
「どういうことですか?」
「魔方陣が必要だからね。恐らくそれは本人が持っているんだろう」
「じゃあ、コーザが来れば……」
「そういうこと……って、噂をすれば。ちょっと待っててね」

 サンジは、店のドアの前に立ち、ホッケーのスティックで空に何やら描いた。すると、ドアが開き、コーザだけを中に入れて、またドアが閉じられた。

「コーザ!!」
「ビビ、無事だったか?」
「無事だったかじゃねえよ、テメエが巻き込んだんだろうが! レディを危険に晒し、その繊細で可憐な心を不安でいっぱいにさせるとは、本来ならただじゃおかねえところだ」

 抱き合っていた体を離し、コーザはサンジに向かって頭を下げた。

「アンタが魔法使いか。マダムに聞いた」

 サンジは煙草に火をつけながら言った。

「御託は後だ。悠長にしていられるほど時間はねえ。さっさと済ませるぞ。まずは俺様の話を聞け。ビビちゃんは、さっきの手紙で読めないところがないかチェックしていてくれる? 今、お茶を入れて来るから、そこに座ってね」


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