The wizard(9) [10.04.08.〜]
ぐるっと見渡し、はあと溜め息をもらした。
「なかなか凄い教会だな」
「ここはこの辺の厄介事を一手に引き受けていたからな」
「厄介事?」
「除霊やら悪魔払いやら、そういったもんだ」
「へえ。じゃあ、ひょっとしたらテメエも除霊されちまうんじゃねえ?」
「俺は取り憑いていたりするわけじゃねえから、それは無理だ」
「どういうことだ?」
「あ? てめえがよく言ってるじゃねえか。“縛られてる”って。そのまんまだ。髑髏に縛り付けられてるだけだからな。俺の意志じゃねえ」
「それは魔法でか?」
「まあな。今更なことを聞くな」
「今更じゃねえ。今だからじゃねえか」
片方の眉を上げて、サンジを横目で見る。
意図せずにチャンス到来。今ならさっきぐるぐる考えていた事を聞けるな。
「そもそも何で」
「後にしろ」
祭壇の裏手からシスターが戻ってきた。
思わず落胆するが、その手にあるものを見て、頭を切り替えた。今はビビちゃんのことが先だ。
ゾロはずっと側にいるんだから、急がなくてもいい。この件が済んだら、きっちり聞いてやろう。
「お待たせしました。こちらがお預かりしているものです」
シスターの差し出した筒状のものには、文字と思われる不可思議な羅列がぎっしりとかかれた細いテープのような紙が巻きつけられている。
「これに触れられる人は限定されています。許されていない方が触れると大変ですわ。貴方のお名前をお伺いしてもよろしい?」
「賢明なシスター、俺はサンジという名です。そこ、5行目に名前がありますから大丈夫です」
文字が読めることを暗に示しながら答えると、シスターは少し警戒を解いた微笑みを向けた。
「では、確かにお渡し致します。くれぐれもお気をつけて下さいな」
「貴女のような素敵な方に心配していただけるとは、勿体ないお言葉です、シスター」
サンジは筒を受け取り、そのままシスターの手を取って頭を下げた。
「まあ、大仰だこと」
シスターは少女のような軽やかな声で笑った。
そして、笑いを止め、ゾロを見た。
「長いことここでいろいろな方とお会いしてきましたが、貴方のような方は初めてですわ」
「そうだろうな」
「神の御元へご案内いたしましょうか?」
「いや。神には嫌われているだろうよ」
「まあ」
シスターはまた優しく笑った。
「神は拒まれたりなさいませんよ」
ゾロは片方の眉を上げただけで、何も言わなかった。
微笑みと共に真っ直ぐゾロを見ていたシスターは、その視線をサンジへと移した。サンジもそれに気付き、シスターへと向き合った。
「それではこれを貰っていきますが、もし何かありましたら、こちらまでご連絡下さい。何を置いても駆けつけますので」
そう言って、名刺代わりの店のカードを差し出した。
「魔法使いさんでしたのね。それで納得しましたわ」
「納得ですか」
「ええ、いろいろと。貴方方こそ、どうぞお気をつけて。神の御加護を」
シスターの微笑みはどこまでも優しく、2人に注がれた。
「さ〜て、取りあえず店に戻るか。詳しいことと今後のことはそれからだな」
「時間もあまりねえしな。今夜中がリミットだったか?」
「ギンの様子から察して、それがいいところだと思う。まあ薬はもう少し後まで効いているだろうが、全快する前に終わらせてえからな」
「おい」
「あ?」
振り向くと、後ろにいたゾロが路地に入っていった。
「おいコラ、どこへ行く、万年迷子」
「寝る。店に着いたら起こせ」
そういうと、一応周りを確かめて、ふっと姿を消した。
サンジは煙草を取り出して火をつけ、溜め息と混じり合った煙を吐き出した。
シスターは、ゾロのような存在は初めてだと言った。自分も散々霊は見てきたが、確かにゾロのような霊は他に知らない。
何故何百年も自分の髑髏に縛りつけられているのだろうか。
ゾロが他者にすることは、結界を張って自分に触れようとするものを弾く程度で、自分は何にも触れず、触れられず、ただ霊体として存在するだけだ。他の霊のように、未練や怨みといった存在理由も影響力もない。
ただ、そこにいるだけ。
何百年もの孤独。
サンジは不意に泣きたくなった。
さっきから何だか変だ。自分が流されてどうするよと、自嘲のような笑みで気持ちを吐き捨て、まずは目の前の問題を解決しなければと、帰途につく足を早めた。
「さ〜て、まずは何から考えるかな」
サンジは店の奥にある隠し部屋のソファに横になりながら呟いた。
「迷子探しじゃねえのか」
「テメエが迷子とか言うな」
「俺は迷子になったことはねえ」
「行動範囲に限界があるくせに、その中でさえウロウロしやがるじゃねえか。まあそれは後だ。確かにまずはコーザだな。これから探れるか?」
そう言いながら、サンジは筒を掲げ、ゾロはそれに手を翳した。
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