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解けた手[13.01.15.]


 奴が日本を離れて1ヶ月がたった。
 海外から送られてくるメールは必ず写メ付きで、文面は大抵一言。
 考えなくていい、その写メを撮ったときに浮かんだ言葉やイメージだけでいい、伝えようとかしなくていい、ただお前のまんまの言葉がいいと、俺が言ったからだ。
 ゾロにとっては、たった一言のそれでさえどれだけ大変なことか分かっているのに、俺は、自分への苛立ちとなんともいえない不安定な気持ちを、そんな形でヤツにぶつけた。
 カミングアウトすると決めたのに、未だに言い出せない自分。
 反対されるのが怖いわけじゃない。そんなもの、最終的には力ずくでも納得させる。
 ただ、ずっと押し隠していた漠然とした不安が苛む。
 奴が俺の気持ちを同情の延長だと思っているんじゃないかという疑問、家族と対立している間に奴が離れてしまうんじゃないかという焦り。自分より家族を取れと言われてしまうんじゃないか。
 何よりムカつくのは、どれもこれも自分が勝手に奴の気持ちをマイナス方向に考えての不安だということ。
 奴に聞けばいいだけのことなんだ。時間がかかっても、奴はちゃんと答えてくれる。
 肝心なことは聞けないで、一人で最悪な事態を思い浮かべて、そうなる前に諦めようとする。そんな女々しさは変わらねえじゃねえかと、自分を吐き捨てる。
 いつだって決断はゾロにさせてきた気がしてならない。仕方ねえなってポジションに甘えさせて貰ってきた。今のこの状況なんて、最たるもんだろうよ。
 今度こそ、これこそ俺が解決しなきゃならねえ。
 俺が、俺の意志で、俺が応えなきゃと思う。俺が怖いのは実家じゃねえっとことが伝わればいい。
 だから、『来週、実家に顔出してくる』とメールした。
 これで確実に行かなきゃならねえ。
 しかし、自分で自分を追い詰めてねえと駄目なのかよとか、またマイナスに陥りそうになっていると、メール受信の音がした。
 初めてすぐに返信がきた。向こうは夜中だろうに。開いてみると、いつものように一言じゃなく。
 スクロールして一気に目を通す。
 最初から、今度はゆっくりと。画面を指で撫でながら読んだ。

 いつから温められてきた言葉なんだろう。
 懐かしい記憶が浮かんでくる。
 教室で独り座る姿、駅前のギター、帰り際の琥珀の瞳、近付いた距離、卒業、進学、ルームシェア、伸ばした指、柔らかい髪、乾いた唇、広い背中、高い体温、優しく強い雄弁な眼差し。
 そして、歌(こころ)。

 ゾロだって迷い不安だったなんて当たり前のこと。そんなことは分かっていたのに。いつだって独り善がりは俺で。
 ほら、ゾロの心は俺は思う以上に深く、広く、強い。
 人はこんなにも人を必要とし、生かされるものなのかと、心がゾロの名を何度も呼ぶ。
 衝動的に初めて電話を掛けた。
 3コール。
 ゾロは話せないのは分かっているからこれまで一度もかけなかったというのは建前だ。
 電話越しに感じる気配。

 ゾロ。

 名前を呟いただけで何を伝えていいのか分からず黙った耳に、囁くような歌声が届いた。

 大丈夫。
 その手を繋ぎに戻るから。
 そして、お前が穏やかに俺のところに戻ってこれるように、離された手を意味あるものに。
 だから、そうして歌っていてくれ。





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