QLOOKアクセス解析

unofficial site 砂の船 - Z×S -

無題[12.12.13.]


 きっかけは、遊びにきた妹の帰り際の言葉。
 ちゃんと収入もあるいい年した男2人で、いつまでこんな古いアパートに暮らしてるつもりかと、からかうように言われた。
 大切な宝物である妹の言葉に、ギクリとした。
 奴の指が、俺の視界の隅で珍しくピクリと動いた。
 じゃあ今度はフィアンセを連れて来るからと、明るい笑顔で手を振りながら軽やかに帰って行く後ろ姿に、ずっと見ない振りをしてきた現実から逃げ出したい自分の本心を重ねた。


* * * * *



 ずっと誰より側にいながら、誰よりも恋い焦がれていた。そして、もう焦がれ尽くしそうになった時に、そっと差し出された手。優しい不器用なそれは、けれど同じだけ恋い焦がれていたのだと語ってくれた。
 望んでいた以上の幸せだった。
 だけど、幸せを感じる度に暗い不安も募っていた。
 まだマイノリティな存在が容易に受け入れられない中で、それぞれに少しずつ確立されていく社会的地位。
 ずっと一緒にいると決めている。生半可な気持ちじゃない。その一方で、いつかカミングアウトしなければならない現実を、まだ今はとダラダラ引き伸ばしてきたのは俺だ。
 身内のいないゾロには取り立てて俺達の関係を話さなければいけない人物はいない。そのことも引き伸ばしてきた一因でもある。
 家族を早くに失っているゾロは、家族という関係をとても大事に考えるきらいがある。カミングアウトすることで、俺の家族に亀裂が入ることを恐れていることは感じていた。家族はみんなゾロの事が大好きだ。だからこそ余計に恐れるんだろう。
 比較的理解のあるほうだとは思うが、さすがにすんなりいくとは俺だって思わない。その時は、家族よりゾロを選ぶ。それだけの想いだ。それに、いつかは分かってくれるし、分かってもらえなくても完全に縁を切られることはないだろうという甘えもあるのは否めない。
 それでも、そうであっても、やはり受け入れられない間に俺は暗い顔を奴に見せてしまうに違いない。それが奴を一番苦しめる気がする。
 どうしたらいいのだろう。


* * * * *



 そのことに2人して触れないまま一月ほどした頃、ゾロが海外に行くと伝えてきた。
 なかなかすぐに言葉を発せないゾロが紡ぐのは、その内で熟した心そのままだ。その感受性を刺激する為に、事務所はゾロを海外へ行かせたがっていた。だが、なかなかまとまった時間も取れずにずっと先送りされてきていた。
 ゾロ自身からはさほど興味のある様子はうかがえなかったから、海外行きなど現実に考えたこともなかった。だから、今回のこれがゾロ自身の意向だということは、ちょっと意外だった。
 迷子だけが心配だと真顔で言うと、ガキみたいにあからさまにムッとしやがった。それが可笑しくて愛しくて、俺は笑いながらその背中に抱きついた。


* * * * *



 それから程なくして、ゾロはじゃあちょっと行ってくると飛行機に乗った。
 空港で飛行機を見送りながら、少しほっとした。1人で今後を考えるいいチャンスだと思えた。
 アパートに戻ると、既にドアの前に妹が待っていた。ゾロを見送った後に一人分の夕食を作りたくなくて、何ともない振りで妹を誘っていた。
 部屋に入り、話しながら夕食の支度をしていたが、楽しげな返事が返ってこなくなった。どうしたのかと振り返ると、俯きながら震えている。側によると、くしゃくしゃの紙が数枚その手元にあった。
 見慣れた字で繰り返し書かれた言葉。

 『逃げる』

 見損なったと怒る妹に、ああ知られていたのかと静かに思った。
 広げられたくしゃくしゃの紙の言葉は、一枚めくる度に少しずつ少しずつ形を成していた。いつもの大胆さや力強さがなく、ピンと張った緊張感を感じる文字。吐露されたゾロの心。
 そして、数枚めに書かれていたのは、いつもの強さを併せ持つゾロの優しく悲痛な想いに感じられて。
 見損なったと繰り返す妹に、そっと告げる。

 違うんだ、ナミさん。
 違う。
 これ、丸めてあったんだろう?
 まだ未完なんだよ。

 私が余計なことを言ったからかと、今度は不安げに瞳が揺れた。

 そうじゃない。
 逃げ続けているのは俺なんだ。逃がしてくれてるんだ。
 ゾロも今一生懸命言葉を紡ごうとしてくれいる。
 だから、今は追い立てないでくれ。
 2人で答えを出すまで、どうか待っていてくれ。
 
 この先も共に生きていくために。
 ただ、今はまだ。
 ゾロ。
 ゾロ。
 ……ゾロ。

 俺は、涙を流さず慟哭した。




next page→"解けた手"




山/田/か/ま/ち
『ぼくは/逃げる。
どこへ/でも逃/げる。
そして/自由に/なって/いる。
そして/本質を/つかむ。
きっと/また /もどって/ くる/だろう。
しかし/今は逃/げる。/どんど/ん逃げ/る、ど/こまで/もどこ/までも。
くる日/もくる/日も /逃げて/逃げて/ 逃げ/まくる。
逃げる/逃げる/ ぼくは/逃げて/飛びつ/づける。』












「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -