アイドルタイム(4) [11.12.22.]
午後10時。
店内の明かりは一部を残して消され、ドアにはクローズのプレートが掛けられた。いつもより随分早い閉店だ。
その店内で、ゾロはカウンターに座り、キッチンのサンジを見つめていた。
「これが、俺がコックになると決意した料理だ」
コトリと置かれたのは、金色のコンソメスープ。
去年あまりにも突然知らされた誕生日。当日は、これまた思いもよらない諸事情で立ち仕事が辛く、腕を奮うことを断念した。そこで今年こそ、美味いものを食わせてやりたいと思っていた。
リクエストを聞いてみると、サンジにとって思い出のある料理がいいと、ゾロは言った。
そういえば、お互いのことを意外なほどに知らないのだと、気付かされた。
「召し上がれ」
促されてスプーンを手に取ると、店で使っているものと違っていた。それを手にしたまま、またサンジを見る。
「特別な日は、特別な食器で。皿はいつもと同じだけど、まあ、気分だ」
軽く肩をすくめてみせる仕草が嫌みにならない。
「美味い」
「当たり前だ。これからもっと美味いものにしていくけどな」
当然なふうに言いながら、キッチンへ戻っていく。その姿は料理人としてのプライドを持つ一人の男で、自分との年齢差を嫌でも思い知らされる。
そんなことを思っていると、続いてスパイシーな香りが運ばれた。
「これは?」
「料理名は知らねえ。まあ、エスニックな炊き込みご飯だな。このヨーグルトをかけて食うことが多いけど、多分お前はかけない方が好みだろうな」
まず、そのまま食べてみる。それから、それを少しかけてみて、口に運ぶ。
「……美味いけど、いらねえ」
「やっぱりな」
「このままの方がすげえ美味い」
「習慣とかあるからな」
「で?」
「あ?」
「この料理の思い出は?」
「あー……話すと長くなるんで割愛させていただきます」
「なんだ、そりゃ」
「冷めちまうから、後でな」
ほんの一瞬、困ったような顔をしたのを見逃すはずがない。
でも、敢えて気付かない振りをして、別に気にしてない素振りで話を反らす。
「こんな山程、全部食っていいのか?」
それは俺も食うからと、キッチンから自分の皿を持ってきた。そして、一番近いテーブルから椅子を脚で寄せ、ゾロの隣に座った。
随分と年下のくせに、さりげない気遣いで柔らかく包み込む。胸の奥が温かくて痛くなる。
「ガキの頃の話で、家族のことも絡んでくるんでな。まあ、大したことじゃねえが長くはなるから、後で聞いてくれ」
「……いいのか?」
また軽く肩をすくめて返事を表す仕草。表情には気負いがないことにほっとする。
無理やり聞き出したい訳ではないが、やはり知りたくもある。そこにはアイドルタイムに現れた台風男の存在も否めないことを、悔しいが自覚する。
まだまだガキだと思い知る。
きっとそんなことも見抜いているだろうに、やはり気付かない振りで食事を促された。
「美味い! さすが俺。この鶏肉が最高なんだよなあ。あ、そうだ、こいつを出すと、エースは泣きながら食うんだぜ」
「泣きながら?」
「そう。エースの初恋は、この料理を俺達に出してくださったマダムなんだ。だから、切ない初恋と失恋の味なんだと」
「へえ」
「9才で初恋って、遅くねえ? 俺は、確かあれは5才だぞ。花屋のお美しいお姉様だったな」
「覚えてるのか?」
「思い出のレディを忘れるなんて、有り得ねえな。てめえは忘れたのか? 男の風上にも置けねえな」
「忘れてねえよ」
「お!? どんな可愛い子だ?」
「可愛かねえ」
「女の子は可愛いに決まってんだよ」
「俺の初恋は18なんでな」
食事の音も止み、怪訝に思っていきなり静かになった隣を見た。
つい吹き出した。
「本当、今更だろうが」
耳どころか首まで真っ赤だ。
「訂正してやる。可愛いぞ」
「うっせえ!! クソ毬藻のくせに!!」
ガタンと音を立てて、怒ったような態度でキッチンへ戻っていく姿に、なかなか笑いが治まらない。
「いつまでも笑ってんじゃねえぞコラ」
手に2枚のデザートプレートを掲げながら、チンピラ然とした態度と口調で戻ってきた。
「最後のデザートは、これだ」
そこには、今朝搬入した洋梨のケーキ。
「一流コックが運命の出逢いと口説き落とした一品だ。心して食えよ」
偉そうな口調に、隠し切れていない照れくさそうな表情。
柄にもなく、今こうしている事の奇跡を思ってしまう。
ゾロは、プレートを見つめながら、囁くように言った。
「……ありがとう」
「え」
「見つけてくれて」
「……」
「選んでくれて」
「ゾロ」
顔を上げ、琥珀な瞳が真っ直ぐに青い瞳を射た。
「好きだ」
「ゾロ」
「ありがとう」
「……プレゼントは部屋に置いてあるんだ。食ったら帰るぞ」
綺麗な綺麗な笑みを浮かべたサンジは、それだけを口に出来た。
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