食後のコーヒー (2) [10.04.02.]
「それにしても、否定はしなかったわね」
「あ?」
「『好きになってしまったら、仕方ない』って言った時よ。『仕方ない』には反論して、『好き』には反論なし?」
「…………………………は?」
たっぷりの沈黙の後、初めて気付いたように、本当に素で驚いた顔で、私を見た。
「え? 何だって?」
「アイデンティティも大事な問題だけど、それ以前の問題の答えも出してあげないと、コックさん、可哀想よ」
「それ以前って、そっちの方が後だろう。中途半端に答えるわけにはっつうか、好きってなんだ、そんなもん知るか」
その答えで、実はもうあなたの心が決まっているんだと私には分かるのに、どうして自分では分からないのかしらね。それもまた小さい頃から変わらないところ。
「ノーマルでも同性のパートナーを持つことは、おかしなことでもないのよ。むしろ……」
そういえば、この子は知らなかったかしら?
「誰だ?」
「え?」
「俺を誤魔化せると思うなよ。知ってるやつだな」
「……知りたい?」
「……いや、やっぱりいい」
「先輩のアドバイスが欲しくなった時に教えてあげるわ」
言いながら、空になったマグカップを持って立ち上がった。
「ああもう、面倒くせえ」
ガシガシと両手で頭をかいて、またソファに体を投げ出した弟に、まだこんな相談をしてもらえる存在でいられることが嬉しい反面、それが私だけの特権である時間は、そう長くはないだろうと思うと、少し淋しい。
まだ自覚するのは先のようだから、それまではこのままこの子の「特別」を独占させてね、コックさん。
end.
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