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アイドルタイム(3) [11.12.12.]


「困った時は、いつでも兄ちゃんに頼ってこいよ」
「誰が兄ちゃんだ!」
「サンジのハニーなら、俺は兄貴だろ? ってことで、はい、プレゼント」

 ポンと出された紙袋を、これまた手を出して受け取ってしまった。

「……」
「Happy birthday! 絶対似合うから、上手く使ってくれ」

 そう言いながら席を立った。

「エース?」
「悪い、サンジ、そろそろ行かなきゃ」
「そうか」
「次の帰国は、うまくいけば年内、場合によっては年越ししてからかな」
「今度はどこへ行くんだ?」
「南ヨーロッパ経由傷心の地域。クリスマスは本場で迎えられるかな」
「無茶すんなよ」
「ああ。ゾロ」

 初めて名前で呼ばれ、ゾロも席を立つ。

「会えてよかったよ。これからよろしくな」
「こっちこそ」

  差し出された手を握り返すと、ぎゅっと力を込められる。そこから伝わってくるものは、やはりゾロがよく知っているものと同じ暖かさだった。
 その手をグイッと引かれ、思わずエースに寄りかかるようになる。

「ありがとう」

 耳元で小さな真摯な声で紡がれた言葉に、え、と思った直後。

「使用後の感想、レポート提出な」
「は?」

 指差された先は、先程の紙袋。

「何コソコソ話してやがる」
「楽しいこと♪」
「お前の楽しいことってのは、大抵お前にだけ楽しいことじゃねえか」

 サンジが思いっ切り怪しんで睨み付けるが、エースには全く通用しない。

「人聞きの悪い。まあ、そういうことだ。頑張れ、ハニー♪」

 ゾロが返事をする間もなく、仲良くやれよーと手を振って、颯爽と行ってしまった。

「ったく、アイツは本当にじっとしねえなあ」

 エスプレッソ淹れそびれたという呟きには、少しの笑いが含まれていた。

「てめえのはちゃんと淹れてやるから、座れ」

 ゾロはテーブルに置いたままだったプレゼントを手に取り、いつもの定位置であるカウンターに席を移した。店内の時計を見ると、ゾロが来店してからまだ15分ほどしかたっていなかった。

「なんか……台風みてえだったな」
「悪かったな。こんな形で会わせる予定じゃなかったんだけどよ」

 今度こそエスプレッソを淹れたサンジが苦笑した。

「俺がお前に会わせてえ人間はあいつだけなんで、ちょうどよかったけどな」

 そう語る顔は優しい。カップ片手につい見つめていると、それに気付いたように視線が合わせられた。

「確かにエースは特別だけど、そういう意味は欠片もねえよ。だからそんな顔するな」

 それはそれで悪い気はしねえけどとニヤニヤする。

「気持ち悪い笑い方してるんじゃねえよ」
「ヤキモチなんて、俺、惚れられてんなあ」
「今更だろ」
「へ?」

 何だよと憮然とした表情でカップに口を付ける横顔をまじまじと見てしまった。ちょっとからかってやるつもりが、こういう無意識は困る。非常に困る。ムカつく。

「……何顔真っ赤にしてアホ面で固まってんだ」
「アホ面じゃねえ! 天然タラシはレディの敵だぞ!!」
「何だそりゃ」
「うっせぇ!! もう準備だ、準備!! きっちり働きやがれ!」

 下唇を突き出した顔でキッチンへ入っていった後ろ姿に、何なんだと溜め息を一つつき、紙袋を持って、ゾロもその後を追った。


* * * * *



 金曜日の夜、オフィス街にほど近いサンジの店は一段と賑わいを見せる。それを知ってから、ゾロは出来る限りその夜は店の手伝いをするようにした。それが相乗効果をもたらしより忙しくなったことに、ゾロは全く気付いていない。
 今ではゾロを目当てに訪れる客もいるのだが、当然知る由もなく、向けられる熱い視線にも無関心だ。
 高校を卒業し進学した辺りから、その体格はまた一段と男らしさを増した。身長も既にサンジを僅かだが追い抜いた。これだけ男臭くなっても相変わらずベタ惚れだという事実に、我ながら引くなあと、サンジは乾いた笑いをもらした。

「どうした? 顔が変だぞ」
「ああ!? この王子様のような金髪碧眼の美形に向かってよく言いやがったな」
「造形じゃねえ、表情だ」
「余計にだ、アホ毬藻。言葉の使い方がなっちゃいねえな」
「変としか言いようがなかった顔だったから、これ以上ねえくれえに的確だぞ」
「ほほ〜う」
「それよりオーダー」
「さっさと言え! ハゲ緑」
「ハゲてねえ!」
「はいはい、オーダー」
「Aコース、リンゴワインとコーヒー」
「おう」

 さっと流れる動作で食前酒のワインを入れると、すっと差し出されたトレイに乗せる。そして、危なげなくそれを片手で運ぶ真っ直ぐな背中。

「……変な顔にもなるっての」

 先程とは違う柔らかな笑みを浮かべ、フライパンに向かった。

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