Another universe(3) [11.11.17.]
金だけはあるからと、サンジは宿泊先に五ツ星ホテルのスイートを選んだ。それだけではなく、どうせセキュリティがどうのというんだろうと、そのフロアを全て貸し切り、ナミやウソップも泊まる様に勧め、それ以外の部屋は監視人やら刑事やらで好きにしてくれと伝え、部屋に入っていった。
しかし、それから5分もしないうちにサンジは部屋から消えた。
サンジの部屋には、先程事件の解決の参考に作った機器と同じような物が設置されていた。あの時の機器は、科学捜査班が持っていっている。あれだけの監視下にありながら、サンジはもう一つ同様の物を作り上げ、こっそり隠し持ってきたのだ。
病院に閉じ込められている天才科学者ということしか情報を与えられていないため、どこへ逃げたのか、皆目見当もつかない。だから、少なくとも入院前からの知り合いであるナミとウソップにその行き先を問い質そうとするのも当然だった。
しかし、予想外に、ナミの方から急いでサンジを捕まえてくれと言って来た。
ナミが教えた場所は、2年前から立ち入りが禁じられた場所だった。そこが何故封鎖されたのか、その理由も国家機密だった。それこそがサンジを幽閉した理由だとナミは言い、サンジを無事に保護してくれと懇願した。
あそこは、サンジが別世界への入り口を開いた場所で、恐らくそこから「向こう側」へ行くつもりだと説明した。それは、サンジを逃がした失態という事態に留まらず、この世界に何らかの影響が出るとも言った。2つの世界の接点を無理矢理抉じ開けることで発するエネルギー、そして、サンジが「こちら」から「向こう」へと移動することで、質量を同じくした表裏一体の2つの世界のバランスが崩れるのだから、どんなことが起こるのか想像できない、と。
頭のついていけない話だが、先程目にした科学力に加え、それは納得できないのではなくて理解できないのだと言ったあの科学者の顔が脳裏を過ぎると、疑いつつも本当のことだろうと、監視人は上にも連絡を取り、先にその場へ向かった刑事達の後を追った。
そして、その階から皆がいなくなってから、自分達もその場所へ向かおうと言うナミに、多分そこじゃねえと首を振り、ウソップはナミを連れて誰にも見つからないようにホテルを後にした。
「サンジ!」
「サンジ君!」
2人が駆けつけたのは、サンジのラボだった。
あの後、また頑丈に閉鎖されてはいたが、下水道に天井裏という原始的な裏道は意外と盲点になっているものだ。ナミなどは正規の入り方しかしたことはなかったが、ウソップは裏道の方が詳しいくらいだった。今回もそれを使い、なんなく入り込んでしまった。
「さすがウソップ。とばっちりを食らっちゃうよ、ナミさん。今からでも遅くないから、おうちへ戻って」
そう言いながらも、鋼鉄の扉がついた水槽に液体や薬品を入れる手を止めることはない。
「やっぱり、行くんだな」
ウソップが言った。
「おう」
「それで世界が壊れても?」
ナミが続けた。
「……ごめんね、ナミさん。でも、2年前ほどにはならないはずだから。ウソップ、そこにデータが入ってる。今回は可能性はほとんどねえが、もし‘入り口’が生じたら、それで対処できる」
「俺にできるか、自信ねえよ」
「なくてもやるんだよ」
「失敗したら? せっかく戻りつつある世界の均衡がさらに崩れたら? もうこっちにはサンジ君はいないのよ。誰がそれを修正するっていうのよ。こちら側はどうでもいいの?」
答えなど分かり切っている。でも、言わずにいられなかった。
『ナミ』
2年振りに聞く懐かしい声に、ウソップとナミは振り返った。そこにはモニターがあり、1人の男が映っていた。
『ウソップも、久しぶりだな。元気そうでよかった』
「ゾロ……!」
「な、なんだ、そっちからも見えてるのか?」
『おう。通信はできる。科学技術自体はこっちの方が進んでるんだ。但し、‘入り口’に関してはそっちの方が進んでる。そっちっていうより、グル眉の頭ん中だけが、だな』
3人の視線がサンジに集まる。それに介さず、1人コンピュータに向かい続けている。
『ナミ』
「何よ」
『2年待った』
「……だから、世界が歪むくらいどうでもいいっていうの?」
『違え』
「最初から世界なんてどうでもいいさ」
ナミが振り返っても、サンジはコンピュータに向かったまま続けた。
「国家の為なら人の命を使い捨てにできると思っているような世界なんてろくでもねえ。それに、俺は社会不適応者なんだとよ。元々ここに適応できないんだから、出て行くことが双方に得策ってもんだ」
「サンジ君……」
「ごめんね、ナミさん。今のはちょっと意地悪だったね」
やっとコンピュータから視線をはずして、ナミに微笑みを向けた。
「分かってたことじゃねえか。こいつらは、バラバラにしておくと誰も止められねえんだから、まとめて放っておくのが一番害がねえよ」
そう言い捨てると、ウソップはサンジの元へ歩いていった。
ゾロはククッと笑った。
分かってるわよ、分かってるけど心配なのよと、ナミは憮然としながら呟いた。
「ゾロ、怪我は?」
『大丈夫だ』
「ほとんど死んでたじゃない」
『治ってなけりゃ、こっちに追いやられた意味がねえじゃねえか』
「まあそうだけど」
『こっちの技術じゃ跡も残さず治せるんだぜ。回復もすげえ早え。でも、傷跡はあえて残してある。自戒ってところか』
「Mなだけじゃないの」
『誰がMだ』
こんなやり取りも2年振りだ。サンジが行ってしまったら、恐らくもう二度と会うことは叶わないだろうと思う。
ウソップは、少しでも頭に叩き込もうと、サンジのアシスタントに全力を注いでいた。やはりもう二度と叶わないことを感じながら、ともすれば溢れそうになる涙を一生懸命堪えていた。
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