The wizard(68) [10.04.08.〜]
「あんたは、誰だ?」
さっきと同じことをサンジは聞いた。
「だから、この館の主の友人で、理事長と懇意の、ただの人間」
あくまで名乗る気がないらしく、サンジはチッと舌打ちをする。
「いつ頃かは分からねえが、ここに吸血鬼のレディが来たか?」
「ああ。色気たっぷりの、これぞ吸血鬼っていうような雰囲気のな。会ってはいねえが」
「会ってない?」
「ああ。会う必要なかったからな」
「お姉様は屋敷内に入れたのか?」
「目的が分かっていたし、そのことは言われていたからな」
「そのこと? 誰に?」
「雪走を取りに来た奴がいたら渡せってな」
「誰に?」
「雪走の持ち主」
「それは誰だ?」
「知ってるだろ?」
「なあ、あんた、本当にただの人間か?」
黙ってサンジとその男のやり取りを聞いていたウソップが口を挟んだ。
「ああ」
「おかしいだろ」
「そうか?」
「ここが鷹の目の屋敷なら、あんたが鷹の目の友人であるはずがない。鷹の目は数百年前に眠りについたんだろ。それじゃああんたが鷹の目と友人になるどころか、会えるはずがねえ。もし友人だというなら、あんたはその数百年の時を生きていることになる。それはもう普通の人間じゃねえ。
それから、雪走はゾロの刀だ。持ち主から言われたっていうなら、あんたは亡霊のゾロと会ったことになる。普通の人間にあいつが会うか? 亡霊になる前に会ったってんなら、やっぱり数百年生きていることになる。
そんな矛盾の中で、普通の人間だって言われて、はいそうですかなんて信じられか」
「そうだろうね。でも、ただの人間だぜ」
「肉体的にはそうかもしれねえが、問題はそこじゃねえ」
ウソップを面白そうに眺めて、先を促す。
「あんたは、刀を取りに来る奴にそれを渡せと言われたと言ったよな。ゾロが今回の事態を想定したのは、どう長く考えてもここ10年ちょっと位からだろう。そうすると、あんたがゾロに会ったのは亡霊のゾロってことになる。亡霊のゾロに会うには、髑髏の側にいなきゃならない。サンジがあんたを知らないってことは、あんたはいつどこでゾロと会えたんだ? どうもあの叔父さんの味方って訳でもなさそうだし、魔物達の仲間っていうふうにも見えねえ。あの時以外にサンジとゾロが離れたのは、サンジが独房に入れられていた時だけらしい。魔法使いのお偉いさんと懇意だっていうから、その時に会ったのか? 魔法使いでもよっぽどじゃなけりゃゾロと関われないってエースが言ってた。それなのにあんたはゾロに会ったっていうなら、肉体的には普通の人間なのかもしれねえが、中身は違うんじゃねえのか?
それに、俺を刑事だと知っていたことも引っ掛かる」
ヒューと口笛を吹き、敬意を表するように酒瓶を掲げてみせた。たが、反論も弁解も、何も言わない。
「何にも言わねえ気かよ」
イライラを吐き捨てるようにサンジが言った。
「今はちょっと、さすがにな。でもまあ、この屋敷の持ち主本人は長いこと留守だが、つい先日からその息子をここで預かってるってことは教えておいてやるよ」
安心できるだろうと、屈託なく笑った。
「え……」
あまりに唐突に語られた言葉に、サンジとウソップは面食らってしまった。
「なんだ、それを知りたかったんじゃねえのか?」
「いや、まあそうなんだけどっていうか、何か手掛かりはねえかと思って来てみたわけなんだけどよ……」
ウソップがうろたえながら答えた。
「悪いな、俺が聞いてるはあんたじゃなくて、そっちにだ」
男は視線を呆然としたままのサンジへと移した。
「俺?」「可愛げのねえガキだが、あれでも友人の一人息子なんでな。あいつは、あんたの何だ?」
面白がるような表情だが、目の奥が笑っていないとウソップは見た。そして、「お前はゾロの何なのだ」ではなくて「ゾロはお前の何なのだ」と聞いてきたことが、引っ掛かった。
サンジを試しているな、と。
「あれは俺のだ。生まれた時、いや、生まれる前からあれは俺のものだ。何か、じゃねえ。俺のだ」
態度や口調はチンピラのようだが、まるで小さな子供が訴えているように感じたのは、どれだけサンジが必死な思いでいるのかをウソップが知っているからだろうか。
その答えをどうとらえたのか分からないが、男は邪気のない優しい笑顔で、そうかと小さく呟いた。
「俺も甘えよなあ。ついてこい」
「え?」
「黙ってついてこい。一言もしゃべるなよ。内緒だ、内緒」
そういうと、身を翻して屋敷の中を進んでいった。その後を、サンジとウソップが警戒しながらもついていくと、一番奥まった部屋の前で立ち止まった。
ゆっくりその部屋のドアが開けられる。
その広い部屋の真ん中に、ぽつんとベッドがあった。そして、そこには全身を包帯で巻かれた満身創痍のゾロが横たわっていた。
ゾロ、と、サンジは声に出さずに呟き、部屋へ入ろうとしたが、男の腕に遮られ、扉も閉められてしまった。
くい、と顎で先を促し、2人を連れて、また玄関へと戻り、外へ出た。
「もうしゃべっていいぞ」
「なんで……」
何から聞いていいのか分からず、そう言ったはいいが、先が続かない。ウソップも黙ったままだ。
「魔物も魔法使いも天使も、煉獄で焼かれて無に帰したと思ってる。いや、そうは思ってねえ奴もかなりいるだろうよ。でも、誰も口にはしねえ。暗黙の了解ってやつだ。あいつのことは亡霊の時からそうだったから、何も変わりゃしねえな」
「でも、いる」
小さな声。俯いてその表情は見えないが、髪の間から覗いた耳がほんのり赤い。かすかに震えていることに、ウソップは気付かないふりをした。
「ああ、そうだな」
男はそう言って、俯いたままのサンジの頭をポンと軽く叩いた。
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