brunch(1)
クツクツと煮える鍋の音は、心まで温かくしてくれるようで大好きだ。誰かに食べさせるために作っているなら尚の事。それが特別な人なら更に幸せだ。綺麗なレディじゃなくて、ごつい野郎だっていうところが誤算ではあるが。
ふと振り返ると、まだ昼寝している毬藻が見える。顔が緩むのが自分で分かる。
惚れてる、だってさ。
29の男に。
結構奔放な恋愛をみてきたから、男を口説くことには抵抗も後ろめたさもなかった。それが、あいつを知れば知るほど本気になった。これまでの恋愛は、恋愛ごっこに過ぎなかったのかと思うくらいに惚れてしまった。そうすると、それに比例して恐くなった。初めて周りを見た気すらする。
欲しくて欲しくて、夢にまで見た。そうして目覚めた朝は、どん底まで落ち込んだ。輝かしい先のあるあいつを汚した気がした。
大事すぎて、手に入れてはいけないとも本気で思った。欲しいのも本気。駄目だと思うのも本気。
苦しかった。今も苦しい。そして、その苦痛さえも愛しく思う自分に呆れる。
そんな俺に、惚れてる、だと。
いろいろ考えたと言っていた。悩んだとも言った。何より大切なお姉様のことも考えた上で、それでも俺を選んだんだと言った。
それなら俺は、しっかり地に足を着け、あいつが不安にならないように、世間のどんなことにも揺らがないで受け止め、時には跳ね返す強さを持って示していくだけだ。
そんなことを考えていると、緑が動いた。そろそろ起きるかな?
……なんだかでかい犬が目覚めたみてえ。可愛いじゃねえか。
あ、こっち見た。
「おはよう、ハニー」
「………………」
「ゾロ?」
「……あ、そうか……爆睡しちまったな」
「微動だにしねえし静かだし、思わず息してるか確かめたぞ」
「ハニーって、そっちがハニーだろ」
「この距離で時差が生じるってのは、初めての経験だな」
「いい匂いがする」
「てめえ、人の話を聞いてるのか聞いてねえのか。ま、いいか」
鍋に向き合って、灰汁取りの続きをする。
すると、のっそりした気配が近づいてきたと思うと、後ろから抱きしめられた。肩に顎を乗せて、鍋を覗き込んでくる。甘えた仕草がくすぐってえ。
「美味そう」
「美味いんだよ」
「そうだろうな。味見」
「まだ駄目だ。それより、ロビンちゃんに電話するんだろ?」
「おう」
一度きゅっと力を入れて抱きしめてから手を離す。
……予想外の甘えっぷりだ。胸の奥が本当くすぐってえ。何だこれ。
ゾロの声がする。「ロビン」と呼んでいるのに、一度だけ「ねーちゃん」って言ったのが聞こえた。
「おい」
「何だ?」
「電話、出られるか?」
振り向くと、ゾロが携帯を差し出していた。
「ロビンが話したいって言ってる」
「何をおいてもお話させていただくに決まってんだろ!」
鍋の火を止めて、ソファに座るゾロのところへ急ぎ、携帯を奪う。
「お待たせしました!ロビンちゃんの声が耳元でするなんて、幸せだ〜♪」
「けっ」
吐き捨てるようにしたゾロを足蹴にしつつ、ロビンちゃんとの会話を………………何?
「え、誕生日?」
思わず固まる。
『ええ。明日の11日はゾロの18歳の誕生日なの』
誕生日?18歳?
混乱しながら、携帯をゾロに渡した。やつはロビンちゃんと少し言葉を交わしてから、携帯を切った。
「明日も学校休みだ。サボりの許可がロビンからのプレゼントだとよ」
「てめえ、明日が誕生日なのか?」
「おう」
「何で言わねえ?」
「聞かれなかったから」
「聞かなくても言うだろ、普通。明日なら!」
ん?
「ちょっと待て。明日、幾つになるって?」
「18」
「てめえ……」
「18になったらって、約束したよな」
「確信犯だな!」
「約束は約束だ」
ニヤッと悪い笑顔でキスをされた。本当に高校生かよ。
待てよ。こいつ、誰とも付き合ったことねえって言ってたよな。まさか、童貞?
「おい」
「何だ?」
「いや、やっぱりいい」
聞くに聞けねえ。
「あ!」
「だから、今度は何だ?」
「ケーキがねえ!」
「誕生日は明日だ。今夜じゃねえ」
「あ、そうか」
もう何だか頭がいっぱいいっぱいだ。落ち着け、俺。
「なあ。これ、観ててもいいか?」
映画やドラマのDVDのラックを指差して聞いてきた。
「ああ。ハードにも録画してあるぞ。好きなの見ていいぜ」
「サンキュー」
ゾロはドラマの中の1枚を選んで見始め、俺はキッチンへ戻った。
夕食の続きに取り掛かりながら、段々と落ち着いてきた。そして、ほかの日ではなく今日ゾロが告白してきたことに、あいつなりの覚悟の大きさが伝わってきた気がした。
→(2)