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夢みたものは ひとつの幸福[11.12.05.]


 11月11日、我らが未来の大剣豪の誕生日は、例に違わず大宴会となった。
 一晩中飲み明かし、翌日の朝は、もはや昼と言っていい時間だった。

「おはよう、サンジ君。熱〜いカフェオレちょうだい」
「おっはよう、ナミさん。お酒は残ってない?」
「うーん、残ってはいないけど、さすがに夕べは飲んだわ。ごめんね、2人っきりの夜にしてあげたかったんだけど」
「なななな、何をそんなっ」
「今更よ、そんな反応」
「いや、素直に返すには、さすがにちょっと無理が」

 巻いた眉がへにょんと下げられる。その遠慮とは違って、本気でげんなりする様子に、ナミはくすくすと笑った。
 2年振りに再会を果たしてから、ゾロとサンジは、その関係を隠すことはなくなった。宣言されたわけでもなく、大っぴらにいちゃつくことがあるわけでもないが、ただ公然の秘密のように、自然にそこにあるようになった。それでも、こうストレートに言われると、女好きのサンジは、少々抵抗があるらしい。それはもう条件反射のようなものだと、ゾロは全く気にしてはいないが、それが余計に熟年夫婦のようだとナミとロビンは話していたりする。

「私にもコーヒー淹れてもらえる?」
「おはよう、ロビンちゃん。いいタイミング、すぐ淹れるよ」

 明るい笑顔に流れる動作で、2人の目の前にはリクエスト通りの美味しい飲み物が差し出された。
 そのとき、サンジのシャツの襟元から光るものが覗いた。

「あら、珍しいわね」
「何がだい?」

 ロビンは人差し指で、自分の鎖骨の辺りをトントンと軽く叩いた。

「何? キスマーク?」
「ナミさ〜ん」

 また情けない声と表情で応えるサンジは、違うよと首を軽く振りながら、シャツの中に隠れていたネックレスを引っ張り出した。

「な〜にこれ?」
「マリモに頼まれたんだ。持っててくれって」
「いつ?」
「一昨日の夜中だよ」
「それ、日付が変わる頃?」
「……そう」
「なんだ、しっかり誕生日を迎える瞬間は二人っきりで過ごしていたわけね」
「いや、別にそう意図したわけじゃ」
「照れなくてもいいじゃない」
「だからナミさん、勘弁して」

 まるで兄妹のようなやり取りを、ロビンはくすくす笑いながら見ていたが、ふと気付いて聞いてみた。

「それ、ゾロのピアスの対を直したのかしら?」
「多分そうなんじゃないかと思うんだけど、よく分からないんだ。ただ、ピアスに彫られているのと同じようなもんが彫られてはいるんだ」
 そう言いながら、サンジはチェーンを首から外して、手に乗せた。

「私達が見ちゃっていいの?」
「ただ持ってろって言われただけだからね。それに、ロビンちゃんなら読めるだろうってことくらい、マリモも分かってるだろ」

 ほら、ここ、と、金のプレートをひっくり返してロビンに見せた。

「あら……ゾロは、イースト出身よね。サウスに縁はあるのかしら」
「サウス? 聞いたことないわ」
「俺もないな」
「そう。これはサウスの文字よ。それも昔の文体ね」
「何て書いてあるの?」
「それより、これはゾロから渡されたのね?」
「うん」

 ロビンは少し首を傾げた。そして、ちょっと思案顔をしてから、続けた。

「サウスになら考えられる風習の伝承があるにはあるけれど」

 ふと、サンジの脳裏に白い女性の姿が浮かんだ。

「そういえば、ちょっと前に、ゾロ宛てに手紙が届いたわね。あれと関係があるのかなあ」

 ナミが興味津々な体でサンジの掌の上のネックレスを指差した。

「それで? なんて書いてあるの?」

 ロビンはちらっとサンジを見た。サンジはちょこっと首を傾げて先を促した。

「サウスの古い詩の一節よ。『願ったものは ひとつの愛』」

 サンジは煙草を取り落としそうになった。

「それ、絶対何かあるのよ。ゾロがそんな言葉を刻むなんて、似合わないもの。というよりも、そんな言葉を知ってるわけがなさそうじゃない」
「そのネックレスにどういう謂れがあるのかは分からないけれど、ゾロはその言葉を貴方に預けたということよ。他の誰でもなく、サンジ、貴方に」

 微動だにしないサンジをそのままに、ロビンはいつも持ち歩いている手帳を開き、そこにネックレスに刻まれているものと同じ文字で短い言葉を書いた。そして、それを破ってサンジに差し出した。

「その詩の対の一節よ」

 それを壊れ物のようにそうっと受け取ったサンジは、少しその文字を眺めてから、聞いた。

「これ、何て書いてあるのかい?」
「私が答えていいのかしら?」
「どうせあいつは答えやしねえよ。……でもまあ、やっぱり止めておくよ。ありがとう、ロビンちゃん」

 俯き加減でその紙を丁寧に折るサンジの表情は見えない。それをポケットにしのばせてから上げた顔は、いつもの対レディ用の笑顔だ。

「いい加減野郎共も起き出してくるだろうから、ブランチの準備をするよ。リクエストはあるかい?」
「サンドイッチが食べたいな」
「了解。じゃあ、もうちょっと待っててね」
「外にいるから、できたら呼んでね」

 ネックレスをもう一度つけながらキッチンに向かう後姿に声を掛け、ナミはロビンを誘って扉を出ていった。


* * * * *



「なんだってんだよ、クソ腹巻が。柄でもねえ言葉なんざ俺によこしやがって」 手紙が届いた日の夜は新月だった。
 独り静かに海を見ていた後姿。海を見ていたのか、空を見ていたのか、それとも遠くを思いやっていたのか、サンジには分からなかった。ただ、独りにしておいてやりたいと、そう思った。
 小さくちぎった紙を風に乗せ、酒を海に注ぐ姿は、いつもと同じ広い背中であるはずなのに、あの白く美しい女性が去った後に抱きしめ撫でたあの背中のようで、ああ泣いているのかと思えた。
 
 恐らくこれもあの女性も無関係ではないと、直感で思う。だからこそ、このネックレスに込められたゾロの真摯な想いが苦しい。それは、なんて甘やかな苦痛なんだろうか。

 次の島では、何をするでもなく、ただゆったりと惰眠を貪る過ごし方をしよう。ただただひたすらに甘やかしてやる、そんな時間があっても構わないだろう。偶にだ、極々稀に、なのだから。いぶかしんでも、誕生日を船上で迎えた今なら、理由なんざどうとでも出来るってものだ。
 俺様のたった一つの愛ってやつを、何時だって好きなだけくれてやるつもりだが、それを魅せ付けるほどにしてやろうじゃないか。



 そして、それをお前が幸福だと思ってくれることは、決して夢ではないのだと、自惚れていたい。



end.












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