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有明の月 [10.12.11.]


 その夜は、少し冷たい風が吹いていた。

 ふと目が覚めた。
 もそもそと布団から出て、庭に面した戸を開ける。
 月の光は、時折霞むように淡く柔らかく辺りを包む。流れ行く雲の好きにさせてやっているように見え、ただ月を見ていた。
 不意に人の気配を感じた。
 見やると、月の光と同化したように立つ姿があった。
 弾かれたように走り出そうとして、静かにという仕草に思い留まると、その白い人影がこちらへと近づいてきた。
 縁側に立っていたから、視線はほぼ同じだった。
 去年はまだ届かなかったと思う。
 一年経って、背だけではなく、剣の腕少しは成長したはずだ。でも、恐らくまだ一緒に旅には出られないだろう。くいなにすら勝てないのだ。まだまだ、足りない。
 触れていいかと尋ねられ、頷くと同時に自分からも手を伸ばした。
 ふわりと優しく、しかししっかりと抱き締められ、また抱き締め返す。
 何も言わずに、ただ髪を何度も撫でる手に、泣きそうになる。
 いつもと違う髪の色に気付いて、誤魔化すように聞いてみる。
 変装用によく染めるのだという。会いに来る時は本当の自分の姿を覚えていてほしいから、いつもならきちんと落とすんだけれど、今回は間に合わなかったと残念がった。
 似合っているけど、やっぱりいつもの方がいいと言うと、口が達者になったと笑って、縁側に座った。
 隣に座った俺の肩に手を回して、また髪を触りながら、この1年間に見てきた楽しかったことを話しだす。
 そして、この1年の俺の話もした。
 強くなったことが纏う空気で分かると言ってくれた。
 でも、まだまだだ。絶対世界一になるんだ。
 そういうと、ちょっとからかうような表情で、鷹の目は手強いから、もっともっと鍛錬しなきゃと言い、それでも少しアドバイスをくれた。
 俺の剣を見たこともないのに、その指摘は師匠と同じだ。そのことが母の剣の強さを知る唯一の手掛かりだと、いつも思う。
 ずっと聞いてみたかったことがあった。
 師匠は、鷹の目は昔一度だけ負けたことがあると教えてくれた。まだ世界一になる前だけど、それでも唯一の黒星だ。
 母は、鷹の目に会ったことはあるのだろうか。この黒星をつけたのは誰か、知っているんじゃないか。
 すると、母は少し困った様子で、それでも子供の頃と俺がまだ赤ん坊の頃に会ったと教えてくれた。
 そして、ここへ来る前にも偶然レストランで鉢合わせたっていうからびっくりした。
 そこは母のお気に入りのレストランで、いつか連れていきたいと言いながら、小さな包みを渡してくれた。
 瓶の中には小さなお菓子。
 口に入れてみる。サクッとしたかと思うと溶けるようになくなった。不思議だ。
 一つ摘んで母に差し出すと、いたずらっ子のような顔をして、あーんと口を開けた。そんな子供みたいな態度。そのまま自分で食べてしまうと、不満な声を上げるから、2人で笑った。
 そのレストランには俺と同じ年の子供が見習いとして頑張っていて、これはその子が作ったものだという。誕生日プレゼントにしたいから、特別にカラフルに作ってもらったのと、綺麗に笑った。

 そんな時間はあっという間に過ぎていく。
 夜明けには少し早い時間になり、そろそろ母は行かなきゃいけない。
 海賊でもない。手配書があるわけでもない。俺の父親のことすら隠さず話す母は、自分が海軍に追われる理由だけは語らない。人斬りだからだというが、それは違うと目を見れば分かる程度にはなった。俺が一人前になれば、全て話してくれるんだろう。
 母は、世の中から身を隠しながら人を斬って稼いだ金を師匠のところへおいていく。
 母は、命とは何かを問いながら剣士になれと言ったことがある。難しくてよく分からない。でも、そう言ったのは、紛れもない一人の剣士としてだった。
 空がうっすらと白み始め、それじゃあ、またねとしっかり抱き締めると、母は母屋の師匠の元へ向かった。
 名残の月も、白く姿を消し始めた。
 今日は誰かが起こしに来るまで寝ちまおうと、布団に深く潜り込んだ。




* * * * *





「それはレディ用だ。おまけに甘えぞ」

 キッチンに、色とりどりの小さな焼き菓子が並んでいた。これはあの時のか?

「どうした、毬藻君。甘えと分かってても食いたいか?」
「ああ」

 コックの目が真ん丸に見開かれ、ついでに口までアホみてえに開いた。
 また何か言われる前に、一つポイッと口に入れる。
 ああ、これだ。
 思わず笑っちまう。

「甘えけど美味いだろ? これは年季が違うからな。バラティエで最初に売り物にしてもらえた菓子だ」

 得意気に言うコックに向かって、一つ摘んで差し出すと、また面食らったようにまばたきを数回した。
 そして、くわえていた煙草を取り、あーんと口を開けた。
 一瞬迷ったが、そのまま口に入れてやると、自画自賛しやがった。
 そして、ふと綺麗に微笑んで、俺の首に腕を絡ませた。

「天気がいいから、みんな外でティータイムだ。お前はどうする?」
「見張り台で食う」
「仕方ねえから届けてやるよ」

 軽いキスをしてくるりと身を翻したら、もうコックの顔。

 見張り台にこの菓子を持って現れたら、ガキの頃の話をしようか。
 それともただ黙ってその腕の中で微睡むか。

 些細なやり取りの中に何かを感じとりながら、何も言わずに笑ってみせる。そんな恋人を待つ為に、コックの後ろ姿を一瞥してから扉を開けると、上弦の月が見ていた。



end.












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