うつせみの……(1)[10.12.01.]
「よう」
「お、毬藻」
買い出しの途中、珍しくゾロに声を掛けられた。
いつもは大抵俺が迷子回収に奔走するから、これはかなり珍しい状況だ。おまけに俺を呼び止めるなんて、かなりレアだ。
ふと感じる違和感の理由はすぐ分かった。
「研ぎに出したのか」
「ああ」
トレードマークが2本減っている。
「夕方取りに行く」
「辿り着けるのかよ、万年迷子君」
「迷子じゃねえ。荷物持ちしてやるから、てめえも付き合え」
「へ?」
「配達頼まねえで持ち帰る物もあるんだろ? それを運んでやるから、夕方鍛冶まで付き合え。で、夕飯も食わせろ」
「ナミさんに貰った金は?」
「研ぎ代に消えた」
「全額?」
「ああ」
今回は結構大盤振る舞いだったのに、研ぎ代ってそんなにするものなのか。
「まあいいや。分かった。じゃあキリキリ働け」
ちょっと眉間に皺を寄せるが、文句は言わなかった。
ヤツに背を向けて歩き出して、ふと振り向いてみる。
何だという風に片方の眉を上げる。
怖え人相の上に更に不機嫌そうに見える仕草だが、別に何も深い意味はない、ただの癖。
ちゃんとついてきているのを、こうして時折確認する。
俺が品物を見ている間、ヤツは大人しく突っ立って待っている。
それを何回か繰り返した頃、後ろから派手な溜め息が聞こえた。
「なんだ、もう嫌になったか? 買い出しは、生憎まだまだ序の口だ」
「そうじゃねえ」
「じゃあ何だ?」
「いちいち確認すんじゃねえよ」
「仕方ねえだろ。何せファンタジスタだ」
ちっと舌打ちしたかと思うと、俺の腕を掴んで歩き出した。
「お、おい」
「並んで歩きゃあいい」
「分かったから離せよ」
またあの癖。そして舌打ち。物凄い渋々な雰囲気で手を離した。
何なんだ。
よく分からないまま歩き出すと、俺に合わせてゾロも歩いた。
気になる店で足を止めて品定めをすると、たまに横からゾロがいろいろ言ってくる。変な匂いだとか、美味そうだとか。これは何だと聞いてくることもある。歩きながら話したりもした。
決して口数が多いわけじゃない。どちらかというと、やっぱり俺ばかりがしゃべって、ゾロは専ら聞き役で、時々口を挟む程度で。 すげえ、すげえ楽しい。
ゾロと二人で、喧嘩もしないで、笑いながら他愛ないことを話して歩く。年相応の笑顔が真っ直ぐ自分に向けられる。
楽しいよりも、嬉しくて仕方ねえ。
今更掴まれた腕を熱く感じる。
買い物を済ませ、鍛冶屋に向かう前に一休みしようとオープンカフェに誘ってみた。実はかなりのコーヒー好きだから、すんなり頷いて、あそこでいいのかと店を指差した。
並んだ豆の銘柄に眉をひそめ、選んでくれと言われた。そうして出されたコーヒーを一口飲んで、やっぱりてめえに任せるのが一番だなと、さらっと言われた。
何なんだ、今日は。こんなに幸せ尽くしなんて、俺、明日死ぬんじゃねえ?まあ、オールブルーを見つけてからじゃねえと死なねえけど。
そんなアホな事を考えながら、俺は紅茶を飲んだ。
さっきまでと打って変わって、会話はなかったが、それが不思議と心地良かった。
いい男が二人。レディ達の視線が集まるのは当然だ。ゾロは相変わらず綺麗に無視。レディを敬い奉る俺様は、いつもなら丁寧にご挨拶差し上げるところだが、今日は全て気付かない振り。ごめんねレディ達。
頃合いだろうと席を立ち、2人で鍛冶屋に向かう。
場所はそう遠くなく、程なくして着いた。
入り口で立ち止まった俺に、どうしたと声を掛けてきた。
「俺、入ったことねえよ」
「そうなのか? 包丁は? あの馬鹿でけえのとか」
「あれも自分で研ぐからな」
そういやあそうかと、納得した顔をする。何だかやっぱり今日は変な感じだ。
ゾロに続いて入ろうとするが、ふと躊躇してまた足が止まる。ここはゾロの分身を預けられる場所。そこに邪な想いでコイツを見る俺が入っていいんだろうか、なんて。
不意にゾロが振り返り、目でどうしたと問われた。そして、やはり無言で先を促される。
立ち入ることを許された気がして、歩き出せた。
店の主人はゾロの顔を見ると、奥へ声を掛けた。すると、職人が刀を持って現れた。
ゾロは仕上がりを一瞥で吟味し、満足げに礼を言った。
そんなゾロに、職人が深々と頭を下げながら礼を言った。さすがに名刀だと分かるんだろう。素人目にも分かるほどの刀など、何度も手にできるものじゃない。これもまた運命の出会いというんだろうな。
店を出た後も、喧嘩することなく2人で船へと向かった。
ただ鍛冶屋に付き合っただけなのに、少しだけゾロに近付けた気がして、浮つきそうな気持ちを隠しながら。
船番はウソップで、俺達が喧嘩もせずに揃って現れたことに驚いていた。まあそうだろうな。
この3人だけの夕食ってのは初めてじゃねえかとウソップが言い出し、それじゃあと男3人で食べる事にした。
珍しいついでだと、みんなで夕食を作った。
ウソップはそれなりに料理は出来るし、ゾロも勿論そうだ。話を聞いて知ってはいたけどよ〜と、ウソップはゾロが包丁を握る姿に感心しきりで、じゃあ器用対決だと2人に飾り切りに挑戦させてみた。2人とも上達が早え。俺がゾロにも素直に褒めるのがウソップのツボにハマったらしく、何故かすげえ嬉しそうだった。
こういう時にはカレーだろうとウソップが力説したため、メニューはカレーにサラダと至ってシンプルだった。スプーンですくう度、これは誰の作った人参だのと、本当にガキみてえに盛り上がる。
ウソップの力説に納得しちまうくらい楽しくて、美味かった。
俺が片付けている間、2人は楽しそうに飲んでいた。これもかなり珍しい。騒ぐのではなく、静かに話しながら飲んでいる。
ウソップは時折ゾロの肩を叩いたりしている。
羨ましいよな。
あんな風になら、ゾロに触れられるだろうか。
……無理だよな。絶対誤魔化せねえ。
→(2)