夢のあとさき(1) [10.03.03.]
クルーの誕生日に主役の好物が並ぶのは、この船の常識だ。そして、それを作るコックの誕生日には、クルー全員の好物が並ぶのも、また常識。
今年の誕生日も例年通り、全員の好物がずらりと並んだ。
給仕をしながらクルーにプレゼントを貰い、感謝の気持ちを叫んで笑っているが、クルーが大喜びしながら食べる様子が、彼にとって何より一番の幸せだと、誰もが知っていた。
パーティーが終わり、これまた主役が後片付けをしていた。年少組と最年長組は、今部屋に投げ入れられているところで、女性陣は主役と言葉を交わしながらグラスを傾けている。
「おい、飲んでいるだけなら、ちっとは手伝ってやったらどうだ。仮にも一応主役だろ」
「手伝いならロビンが」
カウンターの向こうから、食器を拭くロビンの手が伸びた。
「てめえは何もしてねえじゃねえか」
「あら失礼ね。終わるまでここで話していてあげるのよ。大サービスじゃない」
「ええ、ナミさんの笑顔を眺めていられるなんて、幸せだー!!」
「ほらね」
「アホらしい」
「あ? 何か言ったか? 毬藻君」
「別に。それより、空いたか?」
「まあ、終わったといやあ終わったが」
「てめえの賄い作るんだろ? 交代だ、交代」
そう言いながら、いつの間にか片付けが終わりつつあるキッチンへ入っていった。
恐ろしい量の料理を作る為、味見も結構する事になる。パーティーが始まれば、給仕に船長との攻防にと、ゆっくり食べている暇はない。その為、サンジはいつも準備をしながら軽く食べ、片付けが終わった後に軽く食べる。
散々飲んだにも関わらず、晩酌するゾロだけが知っていた。
「交代って言ってるだろうが」
「いや、え、な、何!?」
当然今夜もそのつもりで、今から簡単のものを作ろうとしていたら、ゾロにフライパンを奪われた。
ゾロがキッチンに入って来るなど前代未聞な上に、フライパンを握っているという有り得ない絵柄。
思わず、一同固まった。
「ゾロ、あんた料理出来るの!?」
「ああ」
「サンジ君が乗る前、全然作らなかったじゃない!」
「面倒くせえ」
「ムカつくはね〜! パーティーの後の今の方が面倒じゃない!!」
「うるせえな」
「サンジ君はゾロが料理できるって知ってたの!?」
「え? アレ? ナミさんは知らなかったの?」
「食材、適当に使うぞ」
「それは構わねえけど……」
「ちょっと! 無駄に使わないでよ!!」
「ネギくらいしか使わねえよ。おい、パスタと調味料とかはどこだ?」
「パスタ!? ゾロのくせに生意気ねえ。ネギだけ焼いて食べてればいいじゃない」
「俺が食うんじゃねえ! で、どこだ?」
「ああ、パスタはここ、調味料はここだ」
「一流コックに手料理なんて、私だったら恥ずかしくて絶対無理!」
「てめえには絶対食わせないから安心しろ」
「頼まれたって食べないわよ!」
何故か言い合いになっている二人を、呆然といった体で突っ立っているサンジに、ロビンはクスクスと笑った。
「一番のサプライズプレゼントね」
「プレゼント……」
「とても素敵。この船の誰も食べたことのない、彼の手料理。特別は、この先もあなたにだけなのかしら。よかったわね」
「な……ロビンちゃん……」
余りの事に、いつもの誤魔化す軽口も出てこない。
「仲間への10分の1ほどでいいから、もう少し自分のことを構ってあげて、大事にしてあげていいと思うわ」
そう言うと、ロビンはナミの隣に腰掛けた。
「その包丁さばきがムカつくわ〜!!」
「じゃあ見るな」
「アーリオオーリオなのかしら? 確かコックさんがニンニクと唐辛子をつけたオリーブオイルを作っているはずよ。ね?」
「あ、ああ。」
「どこだ? ……おい、コック?」
「……ああ、悪い。これだ」
ロビンちゃんに見透かされていた。
ずっとずっと隠していたのに。駄目だと分かっていても、絶対捨てられなくて。壊されないように、罪悪感と共にずっとずっと隠していた。
でも、いいのだろうか。だって、ロビンちゃんは笑っていた。綺麗に微笑んでくれた。
こんな想い、抱いていてもいいのだろうか。
ロビンちゃんは、また綺麗に微笑んでくれた。
嬉しくて、俺までつられて笑顔になっちまう。何時もの軽口も出てこない。
大事にしていていいんだと、言って貰えた気がした。
「ちょっとサンジ君、ちゃんと見ておかないと、まともな食べ物じゃなくなっちゃうかもよ」
「ならねえよ」
「手際もいいし、心配なさそうよ。ね、コックさん?」
「うん、それはかなり驚きだ」
「……てめえらなあ」
実際、そんなことを言っている間も、ゾロは手を休めることはなく。
「いや、本当に。さすがに刃物の扱いは慣れてるな」
思わず素直に褒めちまった。
「ネギくらい誰でも切れるだろ」
「ルフィにはまず無理だぜ」
「あいつを引き合いにするか」
ちょっと憮然とした言い種に、ロビンが楽しそうに笑った。
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