普遍な日々(1) [09.12.09.]
「ゾロ、多分後3日で島に着くわ」
「そうか」
「今回は2通」
「分かった」
「サンジ君には伝えてあるから」
片眉を上げた。
それを一瞥して、ナミはトレーニングルームを後にした。
3日後の朝、島に着いた。ロビンとチョッパーが偵察から戻り、少し遅い朝食を取りながらナミが今日と最終日以外の船番を指名し、小遣いを配った。そして、食べ終わった者から各々下船していった。
乗船して以来、買い出しの都合で最終日は常にサンジが船番だった。そして、最近は初日もそうなることが増えた。
ゾロが野望を叶えてから、毎日のように挑戦状が届いた。それをナミが確認し、次の島で遭遇しそうな者を選別する。もし誰もいなければサンジは初日の船番にはならない。そうでない時は、サンジがなるようになっていた。
順次送り出すと、空いた皿はそのままにサンジもテーブルについた。みんなに出したものとは違う、賄いの朝食を取る。
その向かいで、ゾロはゆっくり食後のコーヒーを飲んでいた。サンジが終えるまで、何をするでもなくゾロはただそこにいる。
会話はない。ただ静かに穏やかな時間が流れる。
食事を終えたサンジは、自分の食器だけを持ってキッチンへと席を立った。すると、ゾロも一緒に席を立ち、テーブルに残された食器を下げ始めた。二人だけの食事の時、皿を下げるのはゾロの仕事だ。サンジは下げられた食器を次々に洗っていく。
食器を全て下げると、ゾロは「美味かった」と一言告げ、トレーニングをしに向かった。
サンジは一人微笑みを浮かべた後、キッチンを片付け、食材をチェックしたり、洗濯に掃除と、いつもの様に家事をこなす。
いつもと違うのは、常に穏やかな空気を纏っていること。
いつもと違うのは、ゾロがトレーニングルームではなく甲板でトレーニングをしていること。
サンジと二人で過ごす日は、超人的な肉体のトレーニングではなく、専ら精神的なそれをする。
瞑想に耽るゾロに、何の躊躇もせずに声を掛けた。
「おーい、毬藻ちゃん、起きてっか?」
「寝てねえ」
「昼、何食う?」
「エビチリ」
「OK、中華な」
こんな日は、1日の食事のメインは昼食になる。昼にガッツリと、でも船長に食べられる心配がないから、サンジも給仕をすることなく二人揃ってゆっくりと食べられる。夜は、酒を飲みながら肴を摘むだけとなる。
サンジは、豪勢な昼食の準備と夜の肴の下準備をしにキッチンへと向かった。
その後ろ姿を追う視線は、とても穏やかだった。
バスローブを羽織っただけのサンジが、カウンターに半ば体を預けるように座りながら、キッチンに立つゾロに指示を出していた。昼食の後、憚ることなく求め合うのもいつものことだ。指示する声も、散々なかされた後では何とも色っぽい。
実は、ゾロは料理ができる。流石に手の込んだものは作ったことはないが、サンジの指示通りには動けたりする。だから、散々サンジを堪能した後は、ズボンを身に着けただけのゾロがキッチンに立つ。
以前その上にエプロンをさせたことがあるのだが、カウンター越しに見ると裸エプロン状態なので、サンジの方がいたたまれなくなった。ジジシャツを着させることも考えたが、相手はきっちり服を着ているのに、自分はしどけない姿というのも何ともいえない。結局、もういいや、二人きりだしと、考えるのを放棄したのだった。
酒と肴を一通りテーブルに並べると、ゾロはサンジを抱き上げてソファーに向かった。
お姫様抱っこに文句を言いつつも大人しく腕の中に収まっているのもいつものこと。
ソファーに座らせ、まずサンジのグラスに酒をつぐのもいつものことだ。
ゾロが仕上げた肴の批評を皮切りに、他愛のない話をしながら酒を飲む。
背もたれに肘を乗せ、指でサンジの髪を梳いたり、 時折首筋を撫でては文句を言われるが、ゾロはずっとサンジに触れている。先程までの匂い立つような性的な雰囲気はなく、ただただ、愛しさだけがそこにはあった。交わされる言葉は相変わらずの憎まれ口やからかうものでも、当たり前のようにそこにあった。
片付けをゾロが済ませる間、サンジはソファーにうつ伏せになりながら煙草をふかしていた。ゾロが終わるのに合わせて、ちょうど1本を吸い終える。
「ご苦労さん」
両手をゾロに向けて広げながら言うと、片方の眉を上げて「おう」と小さく応えた。
広げた両腕をゾロの首に回すと、また姫抱っこをしようと屈んだゾロに「ちげえよ」と言いながら、スラリとした脚を腰に巻き付けた。ゾロは、その状態で軽々とサンジを抱き上げ、部屋へと向かった。
「挑発的な格好だな」
「正統派抱っこだろ。世のお子ちゃまが、みんなママを誘惑してるってか」
「バスローブ一枚で、下は素っ裸で、腰押し付けて。こういう体位でやりてえのか…いてっ!」
「本っ当にスケベ親父だな」
「スケベは俺だけか?」
「こら、指入れんな!! 打ち止めだっつうの!!」
「もうやんねえよ。おら」
クスクスと笑いながら、サンジをベッドに下ろした。もう少し丁寧に下ろせとブツブツ言いながら、バスローブを脱ぎ捨て、シーツに潜り込み、「ほれ」と布団を捲る。ゾロも全て脱ぎさって、サンジの横に滑り込む。
サンジは、ゾロの頭を抱え込み、緑の短髪に指を絡める。時に摘んで、時に撫でつけ、愛しそうに大事に胸に抱き込む。
ゾロは、心音と低めの体温に心ごと暖められながら、眠りについた。
翌朝、二人で朝市を歩いていた。
豊富な食材に、物陰からの不穏な気配の分を差し引いても、サンジの機嫌は余りある程すこぶる良好だった。
「何食いたい?」
「肉じゃが」
「お! この店、すげえな」
聞いてるんだかどうだか、香辛料を扱う店を見つけ、嬉々として中に入って行った。
思う存分満喫し、紙袋を持って店から出てくると、そこにはもう彼の姿が不穏な空気と共に消えていた。
これもいつものことだった。
サンジは、最初から一人だったかのように歩き始めた。
→(2)