うつせみの……(3)[10.12.07.]
しばらくぽつぽつと話をしながら飲んだ。
これまでも、ゾロが不寝番の時とかには2人で飲んだりしていた。
でもその時は、比較的俺がしゃべっていたように思う。でも、今日は、ゾロが結構話してくれた。
さっき言いかけたガキの頃の話から始まって、俺の知らない風習は、かなりエキゾチックで面白かった。
ふと時計を見る。
「どうした?」
「誕生日おめでとう。未来の大剣豪」
「あ?」
「12時過ぎた。もう11日だ」
「……」
ん? 珍しい。視線をあさってに向けて黙るなんて。
「どうした?」
「いや、別に」
ほのかに赤い? 照れてる? ……って、何に照れるんだよ。
「おい、本当にどうかしたのか?」
「何でもねえよ」
ウソップの奴、余計なことをと呟いて、グラスの酒を呷った。
「ウソップが何だって?」
「何でもねえ」
「何でもねえわけねえだろ」
「じゃあ、聞くな」
「何だ、それ」
そんな返事をされながらも怒る気にならないのは、多分コイツの表情のせいだ。さっき、ウソップに見せたのと同じような顔。何だってんだ?
「今夜は俺が船番するから、てめえが宿へ戻れ」
「へ?」
「宴会、てめえの飯じゃねえから、仕込みもねえだろ?」
「まあ、そうだけど」
「今日は、もう昨日か、助かった。飯も酒も美味かったし。宴会、てめえの飯じゃねえのは残念だが、てめえがいい店を見つけてくれるんだろ? 期待してる」
残念って……ざ、残念って言ったか!?
「おい?」
思わずフリーズしちまったじゃねえか!
「そ、そうだ! てめえ、何が欲しい?」
「あ?」
「プレゼントだ、プレゼント。一応聞いてやるよ」
「別にいらねえ」
「そういうなよ。年に一度だ」
「もう、貰った」
「へ?」
「楽しい1日だった。それで十分だ」
「そりゃプレゼントにならねえ! 俺だって楽しかったし、プレゼントにしちまったら、次の島へ着いた時に鍛冶屋に連れて行ってやれなくなるだろうが。迷子剣士が」
あ、やべ、つい余計なことを。
「と、とにかく! 誕生日ってのは特別なんだよ。だから、何か言えって」
「別にねえ」
「あ、小遣いの範囲内でな」
黙りこむなよ。そんな高えもんが欲しかったのか?
またさっきの表情をしながら、頭の後ろをガシガシ掻いた。
意を決したように、こっちを見た。
「じゃあ、じっとしてろ。蹴るなよ」
「何?」
ゾロの腕が俺の後頭部に触れたかと思った途端、そのまま抱き寄せられた。すげえ心臓の音がすると思った時には、すぐ離された。
音を立てて、ゾロが立ち上がった。
はっとして顔を上げた時には、ゾロは扉に向かって歩いていた。
「おい!」
振り向かず、ただ立ち止まった。
「見張り台に行く」
「どういうつもりだ」
「聞くな」
歩き出したゾロを追いかけ追い越し、ドアの前に立ち塞がった。
発火したように熱い顔を自覚しつつ、ゾロを睨み付ける。
ものすごくバツの悪そうな顔をし、目を反らしやがる。
「言え!」
「どうでもいいだろ。悪かった」
「どうでもいいわけねえ! 俺にとっちゃ大問題なんだよ!」
目の端を赤くして睨まれても怖くねえんだよ。おまけに、今を逃したら、もう何だかいろいろ駄目な気がする。
「謝んな。言えよ」
「言ったら終わりだ」
「始まってもいねえじゃねえか!」
「言ったら最後なんだよ!!」
「そんなもん、知るかっ!! あんなことされて、てめえがどういうつもりか分からねえままなんざ、生殺しにする気か、この鈍感腹巻きがっ!!」
その面だけで人を殺せそうな勢いだな。でも、引いてられるかっ!!
絶対届かないと思っていた。絶対叶わないと思っていた。今だって信じられねえ。さっきのことは夢じゃないかと、本気で思う。脚が震える。声も震えそうで、目頭が熱い。
「てめえ……」
「頼む、言ってくれ。どういうつもりなんだ」
呆然としたような毬藻の顔が、だんだんぼやけて見える。伸ばされた手を思いっきり叩き払う。
「言えって」
払われた手をぎゅっと握り締め、俺に向き直った。
焦がれまくった涼やかな琥珀の瞳が、真っ直ぐに俺を見た。
「好きだ。もうずっと前から」
「馬鹿野郎――――――」
夢ですらあり得ねえと思っていたのに。
現実だと思いたくて、今度は伸ばされた腕の中に飛び込んだ。そして、力いっぱい抱きしめながら、その耳元に同じ台詞を囁いた。
その夜、俺は宿へは戻らず、ゾロは見張り台へ行くこともなかった。
end.
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