「なまえは…俺の事嫌いだから…」


かあっと身体が熱くなるのをなまえは感じた。
これは恥ずかしさや照れからくる熱さではない。
怒りにも似たそんな何かだ。
アッシュは、何を、何を言っているのか


「私が…私がいつアッシュを嫌いって言ったのよ」

「え…?だって、いつも「嫌い」って…」

「…!!勘違いしないで、「そういう所が嫌い」でしょう?」


アッシュはきょとん、した顔で何が違うのか必死に考えているようにわざとらしく、左手を顎の下に持っていった。

なまえはアッシュの言動にカッとなって冷たく言ってしまったが、冷静になり、よくよく考えれば自分が悪い事に気がついた。
否、よくよく考えなくても自分が悪い。

自分を好きだ。と言って傍に居てくれたアッシュにいくら照れ隠しとは言え、嫌いな所をズバスバと言ってしまった。
アッシュの事だ。きっと沢山傷ついたと思う。
それなのに無理して微笑む彼に自分は一度でも好意を伝えた事があっただろうか。
少なくとも自分の記憶を辿る中では全くと言っていいほど無い。

何て馬鹿なのだろう

恥ずかしいから、なんて理由にはならない。
結局恥ずかしいのは「自分」で、自分の為にアッシュを傷付けていたなんて、ああ、何て馬鹿で愚かなんだろうか、溢れ出す後悔。
なまえは悔しさからか後悔からかうっすら瞳に涙を浮かべた。

アッシュはなまえが涙目になっているのに気付くと、まさにぎょっ、という顔をした。
自分のせいで泣いていると思ったのか、あわあわと何かを言おうとしては口をつぐみ、また何かを言おうとしては口をつぐんだ。

なまえはアッシュのせいじゃないよ。と言いたかったが、今を口を開いたら涙も零れてきそうな気がして、何も言えなかった。

やがて、何かを決したアッシュは恐る恐る口を動かした。


「なまえ…あの、俺、泣かせる、つもりは無かったんスけど…」


言葉を詰まらせながらゆっくり話すアッシュはばつの悪そうな顔を見せた。
そわそわと手を揺らす仕草はアッシュの緊張した時のクセ。

アッシュは緊張している。
なまえはそんな彼を今までに無い程愛しく思った。


「あの、なまえ…が言った事、その。よく…分かんないっス…だから、あの」
「アッシュ…」

「は、はい」


ぐだぐだと、あの、その、を続けるだけのアッシュの言葉を遮ったのはなまえ。
アッシュは名前を呼ばれるとびくっと肩を揺らした。
戸惑いながらも、返事をするとなまえは少し、頬を染めて、言いにくそうに口を開いた。


「……す、好きです。アッシュが好きです」

「え…?」

「だっから、アッシュが好き、料理してる時も私の頭を撫でてくれる時も料理が美味しいって言った時のあの笑顔も誠実に私に向き合ってくれる所もドラムを叩いている時もアッシュの歌声も、全部、好きだから…!」


アッシュの目を見ないように、正確に言えば彼の目は前髪で隠れているが、その目を見ないようになまえはアッシュの足元を見つめながら叫んだ。

「嫌いじゃないよ、嫌いじゃない、アッシュの事、好きだも、ん好きだよ。好き…」

足元を見つめたせいか、溢れていた涙はついに堪えきれずにぽたぽたと地面に落ちた。
たまに変な所で言葉を詰まらせながらなまえは続ける。


「私がアッシュを嫌いなんて言わな、いでよ…好きだもん、お願いアッシュ、もう言わないから、嫌わないでよ」

なまえがこの台詞を最後まで言い切る事は無かった。

アッシュが言葉の途中で、そう、調度「嫌わないでよ」の「い」の所でなまえを抱きしめたのだ。おかげで続きは小さい悲鳴に変わった。

「ぅひゃっ!?……アッシュ…?」

「…ごめんっス…」

「いっいや私が悪かったの、ちゃんと好きって言えなくて、嫌いとか言って、ごめ」
「違うんス」


アッシュがぎゅうっと抱きしめる力を強める。
なまえは少し窮屈だったがそんな事は苦にはならなかった。

何が違うのか分からないなまえは少し考えて、答えが出なかったのか「何が?」と聞いた。

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