[デイダラの災難A]

*長編/From here to there with youヒロイン

「ん〜…、ふふふ。好き…」

「………」

さっさと寝かせるつもりで自室のベッドに横にならせたは良いが、一向に眠る気配の感じられない名無しに何度目か分からぬ溜息を吐く。
普段から自分の感情を素直に言葉にする事はあるが、今日の名無しは酒が入っている分、いつも以上に素直でその感情を余す事なく一身に向けられる。

名無しとこの関係になってもう随分と経った。
互いの距離間は以前と然程変わらないが、こうして素直な感情を向けられる事が多くなった。
ずっと遠い昔に置き去りにして来た愛されるという感覚に核の部分がざわつく。
そしてそれと同時に心の奥深くに仕舞い込まれた色褪せる事のない懐かしい記憶が蘇る。
そのせいか、名無しから与えられる感情は思いのほか心地良いもので、同様に自分が持つこの感情に名前を付けるのならば、やはりそれは「好き」なのだろう。

いつの間にこんなにも絆されてしまったのか。
一度この感情を認めてしまえば、気付く事もある。
何故、自分が永遠の美を追い求め始めたのか。

人は死ぬ。
だからこそ失われゆくものを永遠に残したいと思った。
自分の元から去ってしまわぬよう。

「…お前も、俺と同じになるか?」

名無しには届かないであろう小さな声で呟く。
だが、そう口に出した後、すぐにくだらないと判断し思考を切り替える。

***

手招きをする名無しに仕方なくベッドに腰掛ければ手を掴まれ引っ張られる。
横になれと言わんばかりの視線にまた溜息が漏れるが、結局何だかんだ言って自分も名無しには甘いのだろう。
仕方なく横になれば、それと同時に何故か上半身を起こす名無しに訝しな視線を向ける。

「…おい」

忍服の上から核のある部分に触れている手。
誰にも触れられた事のない自身にとって唯一の弱点。
名無しが何をしたいのかは分からないが、そこに触れられるのは正直落ち着かない。
手を退け、起きようと身体を起き上がらせたその瞬間、勢い良く上半身の衣服を剥ぎ取られる。
一瞬の出来事に暫し言葉を失うが、名無しの不可解なその行動に鋭い視線を向ける。
しかし、たいして効果は無くそのまま衣服は床に捨てられ、そしてまた先程と同様にそこに触れられる。

もう一度睨んでみるが、やはり効果は無い。
酔っ払いの行動にこれ以上反応してもしょうがないと半ば諦め、横になりながら仕方なく様子を窺う。

「………」

何かを言う訳でも無く、身体を寄せただ核の部分に頭を乗せ瞳を閉じる名無しの顔をじっと見つめる。
互いに無言のまま特に会話はないが、寧ろこの静けさが心地良かった。
この身体に感覚は無いが、名無しの体温はちゃんと覚えている。
頭を撫でてやれば口元が少しだけ緩くなり、そのまま核にキスを落とされる。
自身の身体で唯一残っている人だった頃の名残。
そして、自分が人でも人形でもない不完全な存在だとたらしめるもの。
この身体は名無しの熱を奪うだけで、ひんやりと冷たくなった身体を暖める事は出来ない。

追い求める芸術の究極を求める自分にこの選択は至極当然の事だったし、この身体になった事に後悔はしていない。
だから、名無しとの別れもいつかは必ず訪れる。
それまでの時間だけでも自分の側に居るのならばそれでいい。
ぼんやりと名無しの顔を見つめながらそんな事を考えていたら、ゆっくりと話し始める名無しの予想外の言葉に柄にもなく驚く。

「いつか…、私がこの世界に来た本当の意味を見つけられた時…、その時までサソリが私の側に居てくれたら、それも良いかなって」

「…聞こえてたのか」

その言葉の意味にはすぐに気付いた。
酔っているのか、いないのかは分からないが、そう話す名無しの声色はいつもの様に穏やかだった。
そして名無しのその言葉に対し、出て来たものは本心を聞かれていたという自分に対する呆れの様な言葉だった。
真っすぐこちらを見つめる瞳は相変わらず芸術的で、少しだけ居心地が悪かった。

言いたい事は山程あるが、それよりも今はもっとこの身体に触れたいと思った。
だが、名無しの体温も柔らかさも感じない今の身体ではこれ以上は何も出来ない。
仕方なくもう一つの身体へと変わろうと印を結ぼうとしたが、その手を取られ阻止される。
いつもは分かり易いぐらいに感情を表に出す名無しだが、今の表情からはその真意を読み取る事は難しく、つい眉間に皺が寄る。

「私はサソリが好きだよ。傀儡の身体であろうともそうでなくても。体温は感じなくても私の事、ちゃんと抱き締めてくれるでしょ」

そう言い微笑みながらキスをする名無しの唇の感覚は分からないが、悪くない。
そこに存在さえあれば満たされる。

いつか、その時。
もし本当に名無しが自分と同じ道を選ぶのならば、それこそ自分が追い求めた究極の芸術となるだろう。
三代目やヒルコのように死体から作る人傀儡ではない生きる芸術。
不完全であり完全なもの、朽ちる事のない永遠の美。

「ククッ…、とんだ殺し文句だな。俺は待たされるのは嫌いだが…、今回は特別だ。どれだけでも待ってやるよ」

相変わらず嬉しそうに笑う名無しは自分が思っていた以上に鋭い女で、自分の望むものを簡単に探し当てる。
捕らえたつもりだったが、捕らわれているのは自分の方なのかもしれない。
名無しの存在はまるで毒の様にゆっくりと自分を壊していく。
一度浸食し始めれば、もう後戻りは出来ない。

素早く印を結び身体を変え、そのまま組み敷けば名無しの楽しそうな声が耳に響く。
生意気なその口を塞ぎながら服を脱がせば今度は嬉しそうな顔で身体に腕を回す名無しに満足し、露わになった身体に触れる。

***

向き合いながら自身に跨らせそのまま腰を沈める。
名無しの柔らかな身体に顔を埋めれば今度は身体全体でその体温を感じる事ができ、抱き締める手に力が入る。
顔を上げれば愛おしそうな顔でいくつものキスを落とされ抱き締められる。

最初は寝かせるつもりで自室に連れて来たが、思いがけない告白を聞きどうしても抱きたくなった。
過去を偲んだところで何かが変わる訳ではないが、名無しは古い記憶を呼び起こし自分が喉から手が出る程欲しかったものを思い出させる。
それは、もう二度と手に入らないと思っていたもの。

「好きだ」

初めて口にしたその言葉は自分とは最も縁遠いものだったが、たったこれだけの事でこんなにも嬉しそうな顔に変わるのならばそれも悪くないと思わせる。
ただ抱き締めてキスをするだけで心の底から充足感が湧いてくる。

胸元に唇を寄せ愛撫すればすぐに身体は反応し、熱の籠った息を吐きながら自身を締め付ける。
ゆっくりと腰を動かし声を上げる姿は恐ろしい程に甘く官能的で、動きに合わせて下から突いてやれば、一際甘い声が上がる。
名無し主体の動きの為いつもの様な激しさはないが、その分いつも以上にじわじわと時間を掛けて広がっていく快楽に無意識に息が漏れる。
するすると身体の線に沿って手を滑らせれば身体は小さく震え呼吸が少し乱れる。
その姿に堪らずキスをしようと顔を寄せれば、この雰囲気を壊すかの様に部屋の外から自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「オイコラ旦那ァアアー!出て来やがれ!旦那ばっかり良い思いはさせねーぞ、うん!!」

その声はまさに酔っ払いのそれで、一瞬で殺意が芽生える。
名無しもその声に身体をびくりと跳ねさせ驚いた顔をしていた。
せっかくの良い気分も雰囲気もぶち壊され、考える事はどうやってあいつを殺してやろうかという事ばかり。

こんな状況で続きが出来る筈も無く、名残惜しさを感じながらも身体を持ち上げようとしたら、今までに見た事がない様な不機嫌そうな顔をした名無しに面食らう。

「…私がやる」

そう一言言い放った瞬間、自分達の目の前に影分身が一体現れる。
どうするのかとその様子を窺っていたら、影分身はゆっくりとドアを開け、顔が出る程度の隙間からデイダラに向かい一言言い放つ。

「デイダラ、うるさい。邪魔しないで自分の部屋に戻って」

普段の名無しからは想像も出来ない様な言葉と声色だったせいか、まるでトドメを刺されたかの様に項垂れているデイダラの姿が容易に浮かぶ。
そのまま影分身が消え、静かになったという事は大人しく部屋に戻ったのであろう様子にくつくつと笑いが込み上げて来る。

デイダラにとって一番効果的であろう名無し本人からの言葉にさっきまでの苛つきが一気に吹き飛ぶ。
思わぬ邪魔は入ったが、良いものが見られた。
名無しがまさかあんな風に言うとは思わなかった分、余計に気分が良くなる。

「…続き、したい」

未だ情欲を感じさせる瞳はいつも以上に素直に己の欲求を隠す事なく伝えて来る。
普段は聞く事のない名無しの言葉に満足し、舌を絡めながら腰を動かす。

今度は座った状態から後ろへと身体を倒せば腹に手を付き、また腰をゆっくりと動かし始めるその姿に滅茶苦茶に突き上げたい衝動に駆られる。
だが、こうして名無し自ら腰を動かしながら声を上げ乱れる姿はそうそう見られるものではなく、もう少しだけ見ていたい気持ちもある。
酒のせいか、ただ快楽に身を任せる姿はいつも以上に艶かしい。

下から見上げる名無しの表情、乱れる髪や揺れる胸は絶景でつい我慢出来ず何度も突き上げれば、身体は次第に前屈みの態勢に変わり、そのまま舌を絡めながら存分にこの身体を味わう。

***

微かに感じる頭の痛みにゆっくりと意識が覚醒し始める。
瞳を開けるのが億劫でそのまま二度を寝しようと身体を動かせば、温かな感触が肌に伝わり段々と意識がはっきりとしてくる。

昨夜は名無しが眠った後、やけ酒でもしたのか酔って床で寝ていたデイダラに毒を飲ませ、また自室へと戻ろうとした際、ふとテーブルに置かれた珍しい銘柄の酒に興味を引かれた。
酒自体は元々嫌いではない。
それに最近はこの身体を有効に使う事が多い事もあり、せっかくの機会だと久しぶりに飲んでみれば思いのほか自分好みの味だった。
目的も達成し、もうここに用はない事もあり酒瓶を持ち自室へと戻ろうと足を進めれば背後から呻き声が聞こえ始めたが、自業自得だと気にせず部屋を出る。

その後は傀儡の仕込みを考えたり報告書を読みながら飲んでいたらあっという間に飲み干してしまい、久しぶりに感じる酔うという人ならではの感覚につい酒量を見誤う。

(少し飲み過ぎたか…)

傀儡の身体に戻れば酔いなどは関係ないが、今日はこのまま酔う感覚に浸りながら寝てしまうのも悪くない。
そのまま横になり、名無しの顔を見つめる。

最初はただ自分のものとして側に置く程度にしか考えていなかった。
名無しもそれを望んだし、自身もそう望んだ。
だが、その望みが同じ意味を持っていた訳ではない。
それでもその時から惜しみ無く与えられている感情は少しずつ積み重なり、空っぽだった何かを満たしていった。
その何かに気付いたのはいつだったか、覚えてはいない。
ただ、唐突に気付いた。

普通の人とはかけ離れた姿、己の身体を殺し続け得た肉を持たぬ生きた人形。
人として生きる事を捨てた自分を愛した酔狂な女とそんな女を愛した自分。

「…くだらねぇって思ってたんだけどな」

この狂おしい程の感情の矛先はもう変わらない。
腕に抱き、もう一度その唇を堪能する。
触れた身体は相変わらず温かく、身体全体から伝わるそのぬくもりに自然と瞼が重くなる。

***

名無しが昨夜の事をどれだけ覚えているのかは定かではないが、あの言葉を聞けた事は自分にとって大きな収穫だった。
あり得ない、そもそも考えすらしなかったその言葉に一つの可能性が生まれた。
この人格を表情を声を心を。
名無しを形作る全てを永遠に残す事が出来るかもしれない。
そう考えるだけでかつてない程の高揚感が湧いてくる。
未だ眠る名無しに唇を落としながらもう一度あの言葉を囁けば、一瞬微かに動く瞼に気付く。

「…狸寝入りとは良い度胸じゃねーか」

そう言ってやれば、素早く顔を隠す名無しの照れているであろう顔が容易に想像でき、つい笑いが漏れる。
その顔を見てやろうとそのまま布団を剥ぎ取ってやれば予想外のものが目に入る。
瞳いっぱいに涙を溜め、溢れた涙が頬を伝い落ちている。
自分の予想とは大きく違ったその姿に動きが止まる。
久しぶりに見る名無しの泣き顔に当然心当たりなどある筈も無く、ついその顔を凝視してしまう。

「…ご、めん…」

だが、ごしごしと涙を拭いながら謝罪の言葉を口にする姿からは悲しみの感情は感じ取れず、それがより一層疑問に拍車を掛ける。
それでもこのままにしておく訳にもいかず、涙を拭ってやれば少しして落ち着いたのか、ようやく顔を上げる名無しと視線が合う。
逸らす事なく真っ直ぐこちらを見つめる瞳は自分には無い色で相変わらず美しい色をしている。
何故泣いたのか理由を問えば、またもや思ってもいない言葉を返される。

「…初めてそんな事言われたから、吃驚して…。側に居てもいいって言ってくれたけど、好きになってくれるなんて、思わなかったから…」

そう嬉しそうに言う名無しの言葉に少しだけ頭が痛くなる。
確かに最初は手元に置いておけるならばと名無しを受け入れた。
それは名無し自身も理解していただろうし、あの時は気にも留めていなかった。
だがそれから少しずつ関係が変わり、今の形に落ち着く様になってからも与えられるばかりで自分からは特に何かを言う事は無かった。

態度で示していたつもりだと思っていたところでそんな風に考えていた名無しには当然伝わる筈がなく、今更ながらに言葉足らずだったのだと気付く。
出そうになる溜息をぐっと堪えながら自身の思いを初めて言葉にする。

「どうでもいい女を何度も抱く訳ねーだろ。…まぁ言葉足らずだったのは認める」

ひねくれた言い方をしたという自覚はあるが、そう言えばまた泣き出す名無しの顔を見ていると愛されているのだと改めて実感する。
自分だけに向けられる愚直な感情は心地良いもので、らしくないと心の片隅でそう思ってももうどうにもならない。
自身の内に潜むこの執着心に底など無い。

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