見つめるだけじゃなにもわからないと思っていた。いや、普通わかるわけない。
そうやって呼吸するの
「おい、あれだ」
「はいインクね。ペン軸も切れかけてたから補充しといた、2番目の引き出し」
いつも不思議に思っていた。
「ねえリヴァイ」
「それなら捨てた」
「酷い!まだ食べかけだったのに!」
「生ゴミを人の部屋に放置するな」
どうしてこの二人は、
「あれどこいったっけ」
「そこだ、おまえの目は節穴か」
「おいおいなんでこんな高いところにあるんだ、届かないよ。私にもリヴァイにも届かないよ」
「ケンカ売ってんだろ」
「大事なことだから2回言いました」
「よし、表に出ろ」
“あれ”、“それ”、“そこ”などというひどく曖昧な言語で会話が成立するのだろう。
リヴァイ兵長宛の書類を届けに執務室へ訪れた俺は、室内で交わされるリヴァイ兵長となまえ副長のやりとりをついドアの前で立ち聞きしている。
兵士長と副兵士長の執務室は本来別に用意されているのだが、たいていなまえ副長がリヴァイ兵長の執務室で作業を行っていた。一応、「なまえ副長がサボらないように監視する為」という名目だが、どうにも他に理由があるんじゃないかなんて勘繰りたくなってしまう。もしかして春なのか?春が来ているのか?
「なにひとりでニヤニヤしてるのよエルド」
突然声をかけられて飛び上がった。 「しっ!静かに!」 なにがなんだかわからないという顔のペトラの背中を押して、バレる前にと足早にその場から退散。さすがにこれ以上は野暮ってもんだろ。
「なんだ、そんなのいつものことじゃない」
談話室に集まっていた特別作戦班でテーブルを囲み、一部始終を話すとそんなつまらない反応が返ってきた。ペトラの言葉に小指を耳に突っ込んでほじくりながらオルオがうんうんと頷く。
「まさに阿吽の呼吸ってやつだな。でもまあ、俺とペトラほどじゃあねぇけど」
「冗談は髪型だけにして」
自分の気持ちに正直過ぎるペトラを「照れているんだな」と前向きな勘違いをしつつからかっているオルオ。ある意味この二人も阿吽、息の合ったコンビであるような気もする。
「でもまあ気持ちはわかる」
あの二人いつも一緒だしな、とグンタ。その手が閉じた本のタイトルが“城壁の中心で愛を誓う”であった。通称“壁中”。最近流行の本らしいが、金持ちの王都の娘が草刈鎌でばっさばっさと巨人を殺す農夫に助けられ恋をしてしまう、身分違いの恋愛を題材としたバトルものというなんともカオスな内容である。(そもそも城壁の中心ってどこだよ、どこまで行っても城壁だろ)
いかつい顔に似合わず恋愛ものが好きな彼は、時々女性団員とそういう類の本を貸し借りしている。人は見かけによらないものだ。
「兵長はあの性格だし、間違っても素直にそばにいてくれなんて言えないだろうから、色々理由をつけて副長を手元に置いておこうとしてるんじゃないか?」
「なにそれ、素直になれない兵長すごくかわいい。なまえ副長は恋愛には鈍感そうだから、色々苦労してたりして!」
「兵士長と副兵士長のオフィスラブってやつか。うん、俺これで小説書こう絶対売れる」
いやここオフィスじゃねぇし、という突っ込みを入れる隙もないくらいにキャアキャアと盛り上がるエセロマンティストのグンタとペトラ。「ライバルとして俺を登場させるのはどうだ?」という提案が音速で却下されて落ち込むオルオの背中をさすって慰めながら、やっぱり兵長も人の子だったんだなあと失礼ながら思ってしまった。
兵長が副長を好きかどうかはわからないが、二人でいるときはなんとなく兵長の表情がリラックスしているように見えるような。見えないような見えるような。
きっと俺たちにはわからない、ふたりだけに見える繋がりがあるんだろう。もしかすれば、あえて言わなくても見つめるだけで会話だってできるかもしれない。
でもそんな小説みたいじゃなくとも、俺は今のふたりは十分ロマンティズム溢れる関係なんじゃないかと思えてならないのだが。
彼らにとって曖昧な言葉の応酬はそれこそ呼吸のごとく自然なことなのではないかと、少なくとも俺はそう感じた。
「俺は認めないっ!断じて認めませんよそんなの!!」
「うわめんどくさいのが来た。声でけぇよおまえ」
現れたのはなまえ班所属のニコだったが、そういやこいつも副長をこよなく愛している人間のうちのひとりだっけ。
「なまえ班長あるところにニコ・アインズありですよエルドさん。グンタさん、小説は断固男の部下と女の上司のラブロマンスでお願いしますぜひ!」
ものすごい勢いでグンタに詰め寄り土下座した。ヒロインの部下が上司とライバル関係なんて、そんなのありがち過ぎるだろ。
とは言え大衆受けするのはやはり王道か。そんな安定の展開もありっちゃありかなと、一気に騒がしくなった談話室で苦笑いを浮かべた。