その日はひどく寝苦しかった。蒸し暑さのせいでどうにも眠れず、仕方なしに本でも読もうかと思っていたところで突然寝間着姿のなまえがやって来て、「リヴァイに魔法を見せてあげる」と言い放った。
悪戯を仕掛ける時の子供のような顔になんとなく苛立ち、ついでに暑さへの八つ当たりも込めて、奴の顔面目掛けて全力で枕を投げつけるそんな夜。



ここはやさしい惑星





「なにを始める気だ。散らかしたら窓から放り出すからな」
「窓ってここ何階だと・・・・・・ま、まあ見てなって」

なまえはぱちりと片目を閉じてそう言うと、カーテンを閉めてから部屋の中央に大分短くなってしまった蝋燭を束ねたものを置いてそれに火をつけた。少し眩しいくらいの灯りが部屋のひんやりとした壁とあいつの頬をオレンジ色に照らす。
その光景はなんだか懐かしい。
ランプなんて上等なものを持っていなかった昔。俺もあいつもまだガキだった頃、どこからかなまえが大量の蝋燭を手に入れてきて部屋中に置いて回ったことがある。寒い日だったから、そうすれば幾らか暖かいだろうと考えたようだった。
当然ながら蝋燭を蹴倒して軽いボヤ騒ぎになり、その時のなまえの慌てふためいた顔は今思い出してもおかしい。
漏れそうになった笑いを喉の奥に飲み込んで、俺は黙ったまま様子をうかがう。

「そんなこんなで毎度イライラしがちなリヴァイ君のささくれ立った心を癒すために、今からやさしいなまえさんが魔法をかけてあげちゃいます。・・・ワン、ツー、スリー!」

どこか間の抜けた掛け声と共に、得意げな顔をして後ろ手に持って隠していたつもりのボール状のものを蝋燭にかぶせる。

「あ」

思わず声が漏れた。

浮かび上がったのは星空だ。
狭い寝室内の壁や天井一面に小さな星が映し出されていた。外から入るぬるい風で蝋燭の炎が揺らぐのに合わせてその一つ一つが本当に瞬いているようだ。
球体のそれに無数に開けられた穴から蝋燭の光が漏れているが、きちんと星座を模してあるらしく、いくつか見覚えのあるものも見受けられる。

「本で読んだんだけど、空の上には宇宙っていう場所があるんだって」

そこに行けば、星に触れるのかな。
なまえは星座を見上げたまま、小さな声で呟いた。
俺にとって空なんてただ朝は日が昇って夜は月が浮かぶ、ただそれだけのものだ。
毎日どうすれば巨人を駆逐できるのか、壁の外側で生きていけるのか考えるだけで、その向こうになにがあるかなんて正直今まで興味を持ったこともない。
俺はなまえに言われて改めて人間の世界の狭さを実感していた。
常々、なまえの目から見た風景は俺とは違って見えているように思えてならない。その目から見た世界は―――俺は、どんな風に見えているのか。

隣に腰掛けたなまえが「見て見て」と指で星座を指し示す。

「あれがオリオン。そっちは夏の大三角。天の川はつくれなかったけど、星座がわかりやすくていいでしょ」

嬉しそうに天井を見上げるなまえの横顔は、蝋燭を部屋中に置いて笑っていたあの夜よりも随分と大人びている。
当たり前のことだ。俺も変わればなまえも変わり、環境も日々目まぐるしく変化し続けている。
俺の隣にはいつもなまえやエルヴィンや班の奴らがいて、当たり前になりつつある日常がいつだって不安定であることを、なまえを見ていると不意に忘れそうになる。

「こうしてるとなんだか宇宙にいるみたい。向こうのデスクやソファは惑星ね!」
「このベッドもか」
「うん。小さいから、リヴァイと私しかいない惑星だよ」

暢気な顔で言うなまえ。俺はわずかに目を見開いた。

「・・・おまえは・・・」
「なんだよー」
「うるせぇ、見るな」

動揺を悟られないように顔を逸らす。それでも覗き込んでこようとしやがるその額を軽くはたいてやった。
納得いかないという風な視線から逃れるようにベッドの上に立ち上がる。首をかしげたあいつの腕を引き、華奢な身体を抱き上げた。
途端に頭上で「うおお」などと可愛げもくそもない声を上げる。

「今はこっちで我慢しとけ」

ぐんと近くなった天井を見上げてその意味を理解したなまえが嬉しそうに瞳を輝かせたが、俺は急に自分の言動が気恥ずかしくなってついと目を逸らす。小さく笑いながら下りて来たあいつの手が俺の頭を撫でた。

こんな糞ったれな世界だ。
巨人も壁もなにもかもなくなって自由を得た未来。いつか飛行する技術を生み出した人間が空を超えて宇宙に飛び出して、星にも手が届くかもしれない。
今は俺たち二人だけのちっぽけな惑星の上で、そんな途方のない夢を見るのも案外悪くはない。

なまえの指先がぼんやりと光るポラリスの輪郭に触れる。
暑い夜だった。


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