夕食後消灯までの時間、誰か同じように退屈しているやつがいないかと軽い気持ちで談話室を覗いたのが運の尽き。
「あらァグンタちょうどいいところに!誰かと飲みたい気分だったの!」
・・・恐ろしくめんどくさいのに捕まってしまった。



バニラの隔膜のように触れたら惚れて腫れて破裂してしまうよ





「それでそいつがあんまりイイ男だったもんだからアタシ、ってねえちょっと聞いてる?飲んでる?」
「ああ、聞いてるし飲んでるよ」

ついでにその話はさっきも聞いた。そう言えない俺が気弱なわけじゃない、目の前で飲んだくれながらマシンガントークで喋り続けるこいつが強すぎるんだ。
半分も減ってないのにつぎ足されるおかげでちっとも減らないグラスの中身を死んだ目で見ながら、誰か来て助けてくれないかなあなどと考えている間にも話題は変わり、気づけば恋の話になっていた。
人間いくつになっても恋愛をするのよ!と豪語するこいつはその眉目秀麗なおもてを赤く染め、思春期の少女のように目を輝かせて自分の理想の恋愛とやらを語り始める。見た目だけ見れば調査兵団随一とも言えるその美貌だが、こうして酒が入ると手が付けられないくらい厄介だった。
俺の聞き方がよくなかったのか、不満げな顔をして奴は唇を尖らせる。

「んもう、つまんない反応ねえ。どうせ恋愛小説マニアのアンタのことだから、いつかマントをつけて白馬に乗った王子様があらわれる、なあんて思ってんでしょ!?」

思ってない思ってない。首を横に振る暇も与えてもらえず奴が俺の背をばしんと叩いた。ものすごい力だった。
酒を吹き出して咳き込む俺にかまうことなく話を続ける。

でもねえその気持ちわかるわよグンタ。なぜってなにを隠そうこのアタシも少し前までそうだったんだもの。いつか素敵な白馬の王子様が、真っ赤な薔薇の花束を持って迎えにきてくれるって!でも現実はそんなに上手くいくものじゃないわ。アタシもずいぶん待ったけどそんな人にはなかなか巡り合えなかった。
ううん、だからってその夢が間違ってるって言いたいわけじゃないの。現に王子様が現れる場合もあるんだから。
そうだわ、参考までにアタシの話をしてあげるわね。理想とはちょっと違ったんだけど、アタシは間違いなくあのときホンモノの恋に落ちた。そう!今思えばアタシとあの人の出会いは運命(ディスティニー)だったのよ!

うわあ始まった。一端この話を始めると軽く明日の朝までは終わらない。ハンジ分隊長といい勝負ができそうなこいつの話を、早いとこ誰か止めてくれないだろうか。
げんなりと顔を青くさせたところで、談話室の扉が開いた。天の助けとばかりにそちらを見ると、

「あれ、グンタとフィアがふたりで飲んでるなんてめっずらしいー」

顔をのぞかせたのはなまえ副兵士長で、そのままとことこ歩いてこちらに近づいてくる。と同時に、先ほどまで拳を握って自分の王子様話を力説していたあいつがそわそわと落ち着かない様子で黙り込む。頬だけでなく首まで真っ赤だ。

「ねえそれなに、ワイン?ひと口ちょうだい」
「え、ええっ!いいわよっ!どうぞ!」

ボトルを差し出そうとしたら、なまえ副長は奴が持っていたグラスを取ってそれを飲み干してしまった。それを見た瞬間「キャアア!」と甲高い悲鳴を上げたと思ったらそのまま椅子ごと後ろに倒れ、ぴくりとも動かなくなる。どうやら気絶したらしい。

「あっはっは!酔っ払い過ぎだよフィア!」

笑いながら奴の身体を起こして壁に寄りかからせたなまえ副長が、グンタお疲れ様と言ってぽんと肩を叩いてくれた。俺は久しぶりに泣きそうになってしまった。

そこでのびているのは、なまえ班所属の優秀かつ麗しい兵士である。
名はフィア・エーデルシュタイン。年齢不詳。大仰なそれが本名なのかどうか誰もわからない。
傍目には嫉妬する気も起きないくらい完璧なこいつの残念な点をひとつ上げるとするならば―――


「フィアって男のひとなのにかわいいよね、グンタ」


心が女性だという点だろうか。
そのくせなまえ副長に熱を上げているのだからよくわからない。何でも昔命を救われた時に一目惚れしたのだとか。
心が女性ならば恋愛対象は男になるんじゃないのかと問いかけてみたところ、奴は神妙な面持ちで「乙女心は複雑なのよ・・・」とのたまった。

恋愛小説は好きだがその乙女心は永遠に理解できそうにないなと、気絶したままの奴の重たい体を担ぎ上げながらひとりごちたのだった。


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