雨が1日中振り続けるようなこの時期は、リヴァイは普段の数倍無口になる。薄い唇を引き結んで目を伏せた姿は、まるでなにかが体の内側からこぼれない様にぎゅっとふたをしているように見えた。
やわらかな感傷
土砂降りの雨だった。昨日の晩のうちはぽつぽつと力なく雨どいを叩いていたが、いつのまにか勢いを増しやむことなく昼食を終えた今も降り続けている。
灰色の雲が垂れ込めた空から視線を落とし、外を歩く数人の兵士を見る。訓練兵だ。
その背の交差した剣が懐かしくなってそのまま見つめていると、小柄で頭を丸めた少年が黒い髪の少年の背に飛び掛りふざけ合っていた。
昔を思い出す。今よりいくらか幼い面持ちの私が仏頂面のリヴァイの腕をつかまえたまま、たくさんの仲間達と笑いあっていた頃。
あの日は、もうずいぶん遠くなってしまった。
彼らと過ごした日々も、言葉も、別れも。矢のように流れていく時間が今にもすべてを押し流してしまいそうで、時々たまらなくこわくなるのだ。
「リヴァイ。なにかほしいものある?」
少年達から無理矢理目線を外し、私のベッドを陣取っているやつに声をかけてみる。
「いや、」
寝転がって開いた本から目を離さず黙ったままなので私もそれ以上なにも言わない。それからはただじっと腰掛けた二人がけのソファのすみっこで小さくなって、窓ガラスを伝って落ちる雨粒を見つめている。静かな時間だった。
どうしてとか考えたことはない。もうずっと前から、こんな日はどちらかの部屋で同じ時間を過ごすことが当たり前になっている。
「なまえ」
うつらうつらと船を漕いでいたところでリヴァイの声が私を現に引き戻す。どうした?顔を上げると、無表情のままに「来い」と一言。本はベッドサイドの小さな棚に置かれている。
言われた通りにそちらへ歩み寄り促されるままにリヴァイの隣に横になった私を、その鋭い目が射抜いた。そのまましばらく目を合わせていたけど、結局何も言わないまま彼は背を向けてしまった。
雨の音がする。世界にリヴァイと私だけしかいないような、不思議な錯覚に陥った。
そうしてしばらく伏せていた目を再び開いて白いシャツを着た背中を見る。リヴァイの身体は他の男性に比べて小さいが、それでも女の私より数段広くて逞しい。
そこにどれほどのものが背負われているのかわからない。多分エルヴィンにも、他の誰にも。
(リヴァイ)
リヴァイリヴァイ。
心の中で名前を呼びながら身体の向きを変えてその背に自分の背を少しつけてみた。じんわりと体温が伝わってくる。私の体温も伝わっている。
ずっと黙っていたリヴァイがぽつりと「なにかほしいものはあるか」と私に問う。同じ言葉なのに意味は違っていることがなんとなくわかった。
「そうだなあ」
ほしいものはある。強さ。壁のない日常。いなくなった人たち。
上げればきりがないほど次から次へと浮かぶそれらを思えば我ながら欲張りだ。無論一概に手に入れることはできないし、去った時間はもう戻らない。ちっぽけな自分にできることは限られている。
だから今はとりあえず、
「リヴァイの後ろがほしいな」
こんな風に背中合わせで時に重過ぎるそれを一緒に背負っていたいよ。
リヴァイはそれきりまた黙り込み、私も同じように口をつぐんで目を閉じる。いつの間にか雨は勢いを失いつつあった。
もし明日晴れたらリヴァイを外に連れ出そう。昔みたいに、彼の腕をつかまえて。