ゆっくりと浮上する


俺の身近にいる人間の話をしよう。
特別近い位置にいる人間は三人。
凪、銀、雪麗、の三人である。
涼さんは近いと言えば近いが、頻繁に会うと言う訳ではないし、何よりあの人について語れる事なんて指で数えるほども無い。
よってその三人に絞って話す。

まずは雪麗。
こいつは二年生の秋に転校してきて、それ以来、割と仲良くしている。
フルネームは末松雪麗。
実はこいつの父親は俺たちが通っている高校の理事長(今現在は訳あって涼さんが代理をしているらしいが)である、らしい。
本人からはっきりと聞いた訳では無いので、確証は持てない。
そして、やたらと凪に懐いている。
懐いている、と言う表現は少々、否、大分不適切かもしれない。
何せ雪麗が凪に対して抱いている感情は恋情だ。
しかし、普段の様子を見る限り、まるで犬が飼い主に尻尾を振っているようにしか見えない。
そこら辺は凪からも同意を得ているし、雪麗曰くそれでも構わないとの事なので(少しは構えよ、とは思う)間違っていは居ない解釈だろう。
そして、凪の事が好きなくせに、同時に俺の事も(勿論友情として)好きだと胸を張る変わった奴である。
凪と俺は従兄と言う立場によって同居をしている。
多少なりとも妬みや僻みがあっても可笑しくないとは思うのだが、雪麗からはそれが全く感じられない。
時たま冗談のようにぼやく事は多々あるが、どれもどろどろとしてない。
俺の知らない所で発散しているのかもしれないが、それでも、全くそれを感じない。
純粋に友人としての好意を持たれているのだ、と実感できる。
だから、俺も雪麗の事は良い友人として見ている。
少し変わっていて、犬の様な、大切な友人である。

二人目、浅葱凪。
従妹であり、同居人であり、――俺の好きな奴、だ。
一緒に住んでいるんだから、俺の気持ちに凪が気付いているかと言えば、全く気付いていない。
自分に向けられる特殊な好意(つまりは恋情)には鈍い。
雪麗位ストレートなら伝わりやすいのだろうが、生憎俺はそれを実行しないので、気付かれないまま日々を過ごしている。
寒い寒いとぼやきながらよく人の布団の中に潜り込んでは熟睡する。
幽霊退治の様な物を仕事としているのに、ホラー映画を苦手だと言う(曰く、怖い訳ではないらしい)。
女なのに男として学校に通い、普通に(いや、あれは異常だが)モテている。
身体能力、学力、共に異常なまでの成績を叩きだしている(凪が言うには、偶々ベースが人より高かっただけ、だそうだ)。
見た目は好みにもよるが、しかし、客観的に見て綺麗。
非の打ちどころと言えば、少々低い身長と、後は凪の大きな欠点である痛みに鈍すぎる所だろうか。
自分の痛みに気付かない、知らない。
だから他人の痛みを全く理解できない。
勿論、他人の痛みを理解できる人間なんていないのだが、凪はそもそもどうして痛がっているのかすら解らない。
誰かの努力が一歩届かなかった時、凪はしょうがない、の一言で片づける。
どう慰めれば良いのか、自分の身になって考える事が出来ない。
強すぎるから、そしてそれがどれだけの物か理解していないから、痛みを理解できない。
理解しようとはしているのだが、どうしても客観的な意見しか言えない。
俺はそれについて何も思わないが、それに反感を覚える人もいる。
だから、凪に特別親密な友人がいない。
浅く、広く、自分からは干渉せずに。
凪はそうして交友関係を広げている。
適当な笑みを張り付けて、当たり障り無い言葉を紡いで。


最後に、銀の話をしよう。
銀は妖孤と言う種族で、火を操る狐の妖怪だ。
凪とは主従関係にある。
普段は人の形をとる。
左右で色の違う瞳をしていて、右目を包帯で隠している。
別に怪我をしている訳ではない。
あの包帯は特別な物で、右目を媒介として主人――つまりは凪――と契約したからの物らしい。
色もその時に変わったのだとか。
凪と銀がどういう経緯で主従関係にあるのかは詳しく訊いた事が無かったが、別に聞かなくても聞いても何かが変わる訳ではないので聞いていない。
その他に銀について言える事は、実は120歳だ、とか。
甘党で辛いものが嫌いだとか。
そんな所だろう。
後、俺や凪が居ないときは、留守番として子供ではなく大人の姿になっている、とか。


「――要」

扉の向こうから控え目に掛けられた声に、起き上がらずに返事を返せば、ゆっくりと襖が開いた。

「お昼だからお粥持ってきた」
「ああ……」
「食べれる?」
「食う」
「じゃあ置いとくから」
「ああ――悪いな」
「別に。凪から頼まれてるし」

――凪にとても忠実だとか。

「……銀」
「何」
「お前は、凪の事好き?」

ああ、ダメだ。
熱に浮かされて変な事を口走ってる。
だって銀がすごく変な顔をしている。

「何言ってんの」
「何だろうな」
「……何か今日の要、凪みたいで気持ち悪い」
「……悪かったな」

溜息を吐きながら、お粥を口に運ぶ。
美味い。

「好きとか、嫌いとかじゃないよ、もう」
「ん」
「凪が生きているから、ボクも生きてるだけだから」
「……そうか」

それ言ったら、多分凪怒るな。
俺がそう言うと、銀は眉を少し寄せて、困ったように笑った。

「だから、言わないでよ」

はいはい、と返事した俺の思考は、どこまでもふわふわしていた。


(ゆっくりと浮上する想い)






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -