夢喰い


不思議の国のアリス、と言うおとぎ話がある。
アリスと言う女の子がそれはそれは不思議な国を探検するお話だ。
幼い頃に読んだ絵本に描かれていたその国は、色んな色彩で彩られていて、大層憧れた思い出がある。
まあ、最終的には全て夢でした、と言うオチなのだが、そんな夢を見てみたい、と思った。
しかしそれは、もう十数年前の話であり、今現在そんな夢を見たいかと言われれば、ノ―と答える。めんどくさいのである。
我ながら随分スレたものだと嘆きたくなるが、お伽噺はとっくの昔に卒業している。
つまり、もう私はそんな夢を夢見ない。考えもしない。
なのに、これはどうした事だろう。
目の前に広がる木々達。
やけに鬱蒼としているくせして、日の当たりが良いのはどういう事だろう。
木の根元に生えているキノコ達。
色がアメリカ製の菓子のようで、サイズもアメリカのハンバーガー並み。
つまり派手なうえに馬鹿でかい。
それにちょこんとのっかる可愛らしいリス達は、あろうことか人語を話す。
――おいこら今人を指差して笑っただろ。
じろり、と睨めば、リスは小さく悲鳴を上げて木の陰に隠れてしまった。
そして、ちろりとこちらを伺うように覗き見る。
まさしく、メルヘン。
これを夢と言わずに何と言おう。
「……とりあえず、此処から出ようか」
ぽつり、独り言を漏らして、足元を見る。
そこだけ草の生えていない、踏みならされた道が広がる。
それに沿ってゆっくりと歩けば、やがて標識が見える。
森林公園などに有るような木の標識をイメージすれば、まさしくそれと合致するような標識を見れば、『こちら、御茶会中』と書かれていた。
いや、そんな個人的な予定知らねえよと呟きながらも、道がそちらにしか続いていないのでしぶしぶそちらに向かう。
とりあえず、森は抜けたい。
そう思って道端の小石をローファーで蹴る。
今思ったが、何で私は制服なのだろう。
もっと動きやすい格好にしてくれよ、私の夢。
ふう、とハイソックスを直して再び前を向くと、そこには少しだけ木々が少なくなって開けた空間があった。
そしてそこに置いてあるのは、でっかい木製のテーブル(切り倒した木を横では無く縦に割って、其れをそのまま横たえてあるだけと言う感じもするが)と、切り蕪の椅子。
テーブルの上には、クッキー、ケーキ、フルーツ、プリン、そしてティーポットとカップ。
そろそろと近づいて、匂いを嗅いでみる。
「……甘い」
まるで本物のようなそれに、私は思わず眉をしかめた。
「甘いものは嫌い?」
「好きじゃない」
「じゃあ紅茶はストレートが良いかな。ああ、甘いものが嫌いなら苦いクッキーもあるけど」
「苦いクッキーって焦げただけだろそれ。後私は苦いのも好きじゃない。私辛党――、は?」
「はい?」
「……どちら様ですか?」
いつの間にか、本当に瞬きをした間程の時間。
その間に、私の隣には椅子に腰かけ悠々と紅茶を飲んでいる人がいた。
その人はまるで花のように笑うと、
「――トキノだよ」
「トキノ?」
「そう、よろしく」
花のように笑うその人は、シルクハット(白と青のストライプのリボンが付いている)を被り、所謂燕尾服と言う物を来ていた。
首から下げている金のチェーンの先には手の平よりも少し大きい位、大体直径15センチくらいの時計が付いている。
座っているから判断しにくいが、おそらくは結構小柄。そして華奢である。
まあお座りよ、と言うトキノの言葉に、私は大人しく前の椅子に座った。
とぷとぷと注がれる紅茶をじっと見て、私は口を開いた。
「此処は、私の夢?」
「うん、そうだよ」
「……お前は、私の夢の住人?」
「それはイエスでありノーだよ」
「……」
「やだなぁ睨まないでよ。ボク達を作ったのは君、でもそこから成長してこの世界を作り出したのは、ボク達」
「……意味が、」
「解らない。だろうねぇ。じゃあ、今君が見てる夢がどんな物か説明しよう」
トキノはそう言うと、パチンと指を鳴らした。
パン、と空気が弾けるような音がしたかと思えば、テーブルの上にある紙と万年筆。
トキノはそこに並み線グラフの様なものを書いて、並み線の上部に横線を一本、そして並み線よりもやや下の所にもう一本、線を引いた。
そして、ゆるりとこちらも見た。
「まず、君たちが普段見る夢は、此処で見る」
「眠りが浅い所」
「うん、そう。で、ここになると何も見ない」
「眠りが深いから」
「まあ、此処ら辺はそっちじゃ良く知られてる話だ。で、ボク達が住んでるのは、此処」
そう言って、トキノが指差したのは、下に引かれた線の下。
「つまり、此処は深い眠りの更に深い眠り。普通なら見る事のない夢の世界。完全なる意識外の意識」
「……普通なら、見ない」
「普通なら見ないね」
「……私、見てるんだけど」
「うん、だから普通じゃない事が起きたんだよ」
そう笑って、この線はね、境界線なんだ、と言った。
「これは鏡のように意識を反射させて、意識を浮上させる。つまり、これは必要以上に深眠りに誘わない為の境界線。普段はこれがあるからこちら側には意識は来ない」
「私は来てるんだけど」
「夢喰いと言うのが居てね」
「無視か」
「人の話は最後までお聞き」
「……」
にっこりと窘められて、口をつぐむ。
なんかこの人怖いぞ……。
「夢喰いが、この境界線を食べるんだ」
「……は?」
「そしたら、何も意識を跳ね返す物がないから、自然と深い深い所に落ちて――こんにちは、と言うわけだよ」
「……ねえ」
「なぁに?」
「私さ、もしかして起きれない?」
嫌な予想だった。
出来れば外れていてほしい。
出来れば、では無く外れていろ。
そう祈る私をよそに、トキノはにっこりと笑って、
「理解が早いね」
そうのたまった。
つまり、トキノは私の外れていてほしい仮説をあっさりと肯定したのだ。
とても、良い笑顔で。
「まあ、安心していいよ」
「何、」
「夢喰いを捕まえれば、元に戻るから」
「……っていうか、」
「うん?」
「何でそのゆめくいって奴を退治したりしない!」
「必要だからだよ」
「何に」
「ある事に悩んでいて眠れない、とかの人を眠らせるためにね。強制的に意識を潜らせて、眠らせるんだ。もちろん、戻れるようにロープの様なもので意識は管理しているけどね」
「私に、そのロープは、」
「うん?無いよ」
「……」
「本当は夢喰いが来ないように見張りが居た筈なんだけどなぁ」
言いながら、これまだどこから出したのか広辞苑程の厚さの赤いハードカバーの本をぺらぺらめくる。
ずずっと紅茶を啜りながら、あるページで指を止めた。
「――今日と昨日の見張りはタダノ。だから多分、」
「多分?」
「見張り中に寝てる」
「……」
やれやれと肩をすくめたトキノに、最早怒りではなく笑いがこみ上げてきた。
フフフ、と笑えば、大丈夫?と訊かれる。
大丈夫じゃない。
「まあ、とにかく、タダノにはよく言っておくよ」
「クビにしろクビに」
「それを決めるのはボクじゃなくて女王様」
「女王様がいるの」
「いるの。――まあ、この世界の事はおいおい教えるとして、」
夢喰いを探しに行きましょうか、お嬢さん。
そう言って立ち上がったトキノは、恭しく手を差し出した。
私はその手に自分の右手を乗せ――。
「当然」
軽く、叩いた。


不思議で奇怪な夢の世界にようこそ!
FIN

突発的に思いついた設定。
結構設定は気に入ってる。
イメージは不思議の国のアリスで。
トキノ→時計ウサギ
タダノ→眠りネズミ
ですよ。
要望があれば、続き書こうかなって代物。

(2010/4/11)

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