1

日差しがこれでもかといわんばかりに降り注ぐ夏の日。
ビルが立ち並んでいる場所から少し離れた場所。
少しだけ長い石段の上に、一社の神社があった。
その神社の境内――正確には、社のすぐ隣――にある木の下に座り、人を殴り殺せそうなほど分厚いハードカバーの本を速いペースでめくっている人間が一人。
見た目は十五、六歳と言った所だろうか。
色素の薄い髪――それは日の光を浴びて、金糸にすら見える――を肩の辺りまで伸ばし、緩く一つにまとめてある。
目の色は黒よりも少しだけ薄いグレー。
顔立ちはとても整っているが、中性的で、性別の判断がしにくい。
男だといわれればそんな気がしてくるし、その逆もまたしかりだ。
その人間――浅葱 凪は、本を栞も何も挟まずに閉じると、大きく伸びをした。

「……あつい」

気力の無い声でそう呟くが、見ている側は凪から暑さなど感じないだろう。
凪は汗をかいていなかった。
その上、肌色も普通、よりも少しだけ白いのがますますそれに拍車をかけている気がしてならない。
凪は息を吐くと、ごつごつした木肌に寄りかかり、目を瞑った。
否。瞑ろうとしたが、

「――凪」

自分の名を呼ぶ声に、渋々目を開けて声のほうを見た。
そこには凪の従兄弟であり、同居人・朝倉 要が少々不機嫌な表情で立っていた。

「――どうしたの?」

凪が軽く首を傾げながら訊くと、要は軽く溜息を零しながら口を開いた。

「お前、確か蔵の掃除してたんじゃなかったのか?」
「うん。してた」
「で、もう終わったのか?」
「いや、半分だけしか終わってないね」

――下手したら、半分も終わっていないかもしれないけど。

そう、全く悪びれる事無くさらりといった凪に、要は額を軽く抑えた。

「……今は何をしてるんだ?」
「見て解らない?」

凪が横に十冊ほど積まれている本をポンポンと叩きながらいう。

「……本を読んでいるように見える」
「そだよ。整理してたら面白そうな本見つけたんだ」

ほら、と凪が要に何冊か表紙を見せる。
古い物だろうが、保存状態は良いらしく、少し色あせているだけであまり汚れは目立たない。
嬉しそうな凪とは反対に、要の表情には青筋が浮かんでいる。
それもそうだろう。
埃臭い蔵の掃除をさせられていたのだ。
それも、言いだした当人はいつの間にかいなくなっている始末。
要はがっくりと肩を落として、深く溜息を吐いた。

「溜息吐くと幸せ逃げるって言うよ」
「……誰のせいで……」

もはや怒りを通り越して呆れている。
そんな要を見て、少しばかり申し訳無さそうな表情をすると、

「ごめんね」

と、要の顔を下から覗き込みながら言った。

「………」

要はしばらく沈黙すると、ふいと顔をそむけて溜息を吐いた。

「謝るくらいならさっさと蔵の掃除してくれ」
「凪に任せるよりも要がやったほうが早いと思うけど」

あきらめが交じった要に言葉を返したのは、凪のものではない、まだ幼さの残る少年の声だった。
凪と要は大して驚いた様子も無く、声がした方――家があるほうとは反対側で、社がある方向だ――を見た。
そこには、白い着物に濃紺の袴をはいた、その和装に似つかわしくない銀髪に青色の左目――右目は包帯で隠している――を持ったパッと見十歳位の少年がいた。
その少年に凪はヘラリと笑うと、

「無理だよ。何があるか解らないから。下手に呪いがかかってる物を触って、要に呪いがかかったら大変だ」

と、言った。
少年は、それもそうだね、と納得するように呟く。
そして、

「とか言う割に、要を蔵に置き去りにしてたよね」
「だって、あそこの蔵特に強い呪詛感じないし。大丈夫かな〜って」

肩をすくめながら凪がへらりと笑った。
それに要が、だからって人の目を盗んでサボるな、と眉根に皺を寄せた。
凪は軽く笑って、ごめんごめんと謝ると、

「で、銀。君は何か用事があって来たの?それとも一人で留守番は寂しかった?」

くすくすと笑って言った。
銀と呼ばれた少年は、あからさまにむっとした表情をして、

「客が境内でうろうろしてたから連れてきたんだ」
「客?」

凪が首を傾げて、どっちの?と訊いた。銀は、

「霊主の浅葱凪の客。そこに待ってもらってる」

銀は社の前を指差しながら言った。
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ凪の顔が歪んだ。
霊主と言うのは、一般的に言う『除霊師』と殆ど同義だ。
ただし、『霊主』と言うのは、『呪い』をかける仕事を生業としている人も含まれているため、正確には『霊力と呼ばれるものを操る人間』の事である
凪はその霊主を生業――と言っても、凪の師匠の手伝い、という形が大半ではあるのだが――としている。
この仕事を嫌っている訳ではないが、決して誇っている訳ではない凪にとって、個人的な依頼は大きな収入になると共に、面倒くさいと言う感情が少しだけ滲み出るのである。
凪は少しだけ顰めた顔を、すぐに元に戻すと、やや首を傾げながら立ち上がった。

「個人で?――珍しいね」

凪は基本的に林家という功家――霊主の素質のある人間が生まれやすい家のことである。ただし、林家に限っては表向き医者で、裏でそういう人間を募っているため、殆ど企業に近い――に仕事を回してもらっているのだ。

「……」

銀の目線を動かしてそちらを見るように誘導する仕草に、その視線を辿れば、一人の女性。
彼女が依頼人なのだろう。
依頼人である女性は、どこかきょろきょろと落ち着きが無く、近づいてきた凪を見ると、目を丸くして、そして今度は視線だけをさまよわせた。
それに対して凪は苦笑を零しつつ、緩やかに声帯を震わせた。

「こんにちは。僕はこの神社の神主代理の――正確に言うなら、そのまた代理なのですが――浅葱凪と申します。今日はどんな御用件で?」

その言葉に、女性は元々丸くなっていた目をさらに丸くして、口をぽかんと開けた。
そして、たっぷり数十秒間を空けると、

「え……、貴方が、あの、除霊師さん?こんな、若くて、綺麗な子が?」

かなり混乱したように口走った。
その言葉に凪は、それはどうも、とヘラリと笑った。
そして、それとなく女性に自己紹介を求める。
女性は我に帰ったように頬を赤く染めると、一度咳払いをして口を開いた。

「私は九条直美と申します。この度は、貴方にお願いしたい事があってお伺いしました」

そう言って、丁寧にお辞儀をつける。
凪はそんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ、と笑って、

「こんな暑い中で立ち話もなんですから、どうぞこちらに」

そう言って、直美を住居の方に案内した。
木々の間を抜ける蝉の声が、やけに耳に残った。




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