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ぴちゃん――

水音が響く。
続いてずる、ずるっと何かが擦れるような音も。
雲間から薄っすらと差し込む月明かりがそれをぼんやりと浮き上がらせる。
濡れそぼった白い衣服が体に纏わりついて見えるその体は、痩せていた。
黒く長い髪が濡れて顔に張り付いて、その白さを際立たせている。
三日月をはめ込んだ様に歪む唇は、不気味以外の何者でもなかった。
それは地面を這うような音――否、実際に這っている音なのだ。
足が悪いのか、手の力だけで進んでいる。
ふと、それはゆっくりと上半身だけ起き上がった。
そしてその正面にあるのは恐怖に歪んだ少女の顔。
それを見て、にたあっと笑うと、ずるりと前に手を付き、少女に近付く。
少女は動かない。動けない。
少しずつ、しかし確かに近付いてくる恐怖に体を震わせていた。
そして、それは枯れ木の様な細い腕で、少女の細い首をゆっくりと包む。
少女は苦しそうにもがき、やがて、肌の色を無くした。
ぐったりとした少女から手を離すと、少女はどさりと地面に落ちた。
そして、笑みを湛えた口をゆっくり開くと、少女の首元に口をつけた。
そして――。

「で、そののまま食べるんだって。その子を」

ちなみにこれ、プールの怪談ね、と付け足すのは雪麗であった。
何故かやたらと話すのが上手くて、一緒に聞いていた恵は顔を青くしている。
凪と要は慣れた物で、それが?と言わんばかりの表情をである。
その反応が不満だったのか、雪麗はぶうっと唇を尖らせた。
そんな反応をされたって、怖くない物は怖くない。
どちらかと言えば雪麗の話し方がやたら上手かった事の方が驚いた。

「で、それが?」

凪が言うと、雪麗は、

「怖くない?」
「二十九点」
「え、何その微妙な点数!赤点?赤点なの?!」

凪の意地悪―、と涙声で言う雪麗に、そんなこと言われても、と凪が溜息を吐く。
そして、ねえ、と要に同意を求めると、要も少し照準して頷いた。
こういう話を素直に楽しめなくなったのは少し残念であるが、幼い頃からそういう風な話を聞かされてきたので、今更、という感じである。

「まあそれは良いんだけど」
「いや、良くないよ!?凪が少しでも怖がるって言う可愛い姿が……っ」
「わー。雪麗こわーい。――で、何でそんな話したの?」

季節外れにも程がある、と凪が首を傾げた。
雪麗は「棒読み!」と嘆いていたが、凪が服の裾を軽く引っ張ることでぐるんとこちらに顔を向けた。
正直その勢いがちょっと怖かったが、それを表情に出さずに凪はもう一度、何で?と問うた。
今は三学期が始まって間もない一月の中頃である。
夏でもないこの時期に、何故こんな話をしたのだろうか、と雪麗を見ると、

「だって、何か先輩が言ってたんだって」
「先輩?」

部活入ってたの?と恵が問うと、

「ううん。何か、図書室でぼーっとしてたら話し掛けてきてくれた」

多分女の先輩なんだろう、と凪は思考の隅で考えた。
雪麗はその人懐っこい風貌の所為か弟みたいだと年上に人気がある。
別段どうでもいいことなので、記憶には留めないが。






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