14

その日は前の夜から降っていた雪は止み、時折顔を覗かせる太陽が道を白く覆う雪を溶かしていっていた。
そのせいか、道はぬかるんで、歩きにくい事この上なかった。
所々道も凍っていたし、気をつけて歩かないと雪に足をとられてこけそうになる。
実際、凪も朝から数回よろけている。

「大丈夫?」

少し先を歩いていた斎槻が、振り向いて声をかける。
凪はこくこくと頷くと、少し急いで斎槻の隣に並んだ。
すっと手を差し出され、少しきょとんとして斎槻を見る、
斎槻はニッコリと笑って、優しく凪の手を取った。
ほんのりとした暖かさが手に伝わる。
凪はその行動に驚くと同時に、何かこそばゆく感じて、思わず笑みがこぼれた。
そんな様子に斎槻は少し不思議そうな顔をしたが、嬉しそうな凪の顔を見て、同じように笑う。
そして、足元を少し気にしながら、

「それにしても、歩きにくいね」
「斎槻さん着物だからよけい歩きにくいんですよ」
「そうかも」

あははと笑う。
そして、信号で足を止めた。
赤いランプが青に変わる。
雪に足を取られないように、ゆっくりと渡り始めた。
さくり、とまだ溶けきっていない雪を踏みしめた時だった。

――ぎぃぃぃッ!!

不意に、鉄がこすれる音が聞こえて、凪が足を止める。
音の方を見ると、こちらに滑って来るように車が突っ込んでくる。
急な事に頭では何をすべきか解っているのに、体が動かない。
そして、
一瞬、何が起きたか理解できなかった。
一瞬体に感じた衝撃は、とても優しいものだった。
車は勢い良く通り過ぎた。
「――あ」
凪が全てを理解した時、斎槻は赤く染まる雪の中に埋まるようにして倒れていた。
「ゆ、つき……?」
凪はその時、さっきまで信号を待っていた場所に居た。
車がこちらに突っ込んできているのが解った瞬間、斎槻が凪を勢いよく引っ張ったのだ。
巻き込まれないようにと。
その反動で斎槻は車道に放り出される形になる。
凪が斎槻の側による。
血が付いてしまう事に構わずに、側にしゃがむ。

「ゆ、つき……?」

声が震える。
いや、声だけではない。
体の奥底から、全身を這うようにして纏わりつく震え。

――怖い、怖い、怖い。

ただ、それだけの感情が、凪の中を支配していく。

「――ぅ」
「!」

斎槻が僅かにうめき声をあげる。
凪はそれを聞いて、体に電気が走ったようにびくり、反応する。

『人を、誰か、』

自分では何も出来ない事を知っている。
凪は立ち上がって、踵を返す。
が、斎槻が服の裾を掴んでそれを止めた。
凪が驚いて見ると、斎槻は昨日と同じように、優しく笑って、

「なぎ」

声を振り絞って言う。
話そうとするのを凪は止めるが、斎槻は薄く笑ってそれを遮った。

「ありがとう、と、ごめんね」

斎槻はそう言って、体の力がぬけるように手を離した。

「――っ!」

凪はするりと離れていく斎槻の手を掴んで、声にならない叫び声をあげて、唯、どうして良いのか解らずしゃがみこむ。
地面に流れ出た血は、まだ生温かく、斎槻の手も人のそれを残していた。
けたたましいサイレンを鳴らしながら救急車が到着した時にはもう、それすらも無くなっていた。
凪は、ただごちゃごちゃとした感情をどうして良いのか解らず、泣く事もままならないまま、途方にくれていた。






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