11

「その時辺りから、凪はあいつの事を好きになってたんじゃないかと俺は思う」

涼はそう言って、ふうっと紫煙を吐き出す。

「ま、今でも本気で好きかどうか怪しいところだがな」
「……」

ぼんやりと、何か考えるように地面を見ている要に、涼は少し笑った。

「ま、そんな考え込むな」
「……考えますよ、そりゃ」
「それもそうか。大いに悩め青少年」

相変わらず笑っている涼を少し恨めしそうに見る。
斎槻と言う人の事を聞いて、漠然とした不安が広がる。
否、不安と言うかもっと別の、ブランコに乗っている時のみたいな何とも言えない浮遊感に体を包まれている様な感覚。
現実感が沸かない。
ぼんやりと街灯に照らされている公園は、暗くてその感覚をより一層強くさせる。

「あの、それで、その――斎槻、さんは――」
「ん?」
「――どうして、亡くなったんですか?」

深く考えずに口を付いてしまった言葉に、心底後悔した。
無神経すぎる。
大体、聞いてどうするというんだ。
涼はポケットから携帯灰皿を取り出し、随分短くなった煙草の火を消して捨てた。
暫くの沈黙。
それを破ったのは要だった。

「すみま――」
「事故だった」
「――え?」

気を悪くしたかと思い、謝ろうとした言葉を遮られて、突然突きつけられた答えに一瞬思考が止まる。
変な浮遊感が消え、一気に地面に下ろされたような感覚が残る。

「事故だ。交通事故。斎槻の死因」

雪で滑った車と衝突したんだ。
さらりと言ってのけた涼に、要は言葉を無くした。
そんな様子を見て涼は大して何の感慨も見せずに、
「そんな変に湿っぽい顔するな」

と言って、要の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
要は少しいやかなりどう反応するか迷って、

「あの……。すみませんでした。何か関係無いのに色々聞いちゃって」
「気にするな。もう何年も前の事だ。それに関係ない事も無いだろう。凪の好きな奴の事何だしな」

涼はそう言って、新しい煙草を取り出して火をつけ、悪戯っぽく笑った。
それに何だかとても安心して、思わず笑った。
ぽとり、と灰が地面に落ちる。

「まあ、凪が斎槻の事を好きって言うのは本当だが――それがどの種類の好きか、あいつでも解ってないだろうか」
「どういう意味ですか?」
「あいつが斎槻の事を好きという感情は、実は親に抱く感情と同じ類の物じゃないかと俺は考えてる」
「……」
「あいつは両親と一緒にいる期間が短すぎたからな。勘違いしてるんじゃないか」

――まあ、これは飽くまで俺の推定だが。
涼はそう言いながら立ち上がって、紫煙をくゆらす。

「――帰るか」
「そうですね」

白い煙は、冷たいすんだ空気に溶けて、消えた。





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